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苦言を呈する。

横浜市青葉区昭和医大近辺では、朝からはち切れそうなレジ袋を幾つも抱えた中高齢者達と、それをアイドリング状態で待つ配偶者とみられる者達の車が溢れ返っていた。
彼等の会話に耳を傾けていると、大量の食品を買いまくっただけに止まらず、富士川以西の親族に、水と米をどれだけ送らせたかの自慢合戦である。
オイルショック世代を中心とした昭和一桁から団塊の世代を年長とする新興住宅地域だけに、災害・相互扶助に関するモラルは極めて低い。平時に、エコ袋だの、アイドリング・ストップだの言っていても、こういう時になると人間の本性が顕れる。バイキングに行けば、食べきれなくても皿にうず高く盛る世代である。
同朋を愛し、少々自分が不自由しても周囲を助けるという気概も無く、我欲のみ強く、また、勤勉でもなく、リーダーシップも事に於いてうろたえない精神力も無く、根拠も無く付和雷同し、小心翼々と己の目先のことのみ考えて右往左往する「自分」というものが無い彼等を、私は同じ日本人として心の底から軽蔑する。

無論、彼等全てがそうではないだろう。
そして、責任の所在をつきとめているような場合でもない。

しかし、これだけは書いておかなければならない。
オイルショックで意味も無く買占めをした者達よ、国益に適うとして自らの私欲を投影して国任せでろくに勉強もせず原子力発電計画に賛同した者達よ、国内最大の航空会社を破綻させ、後始末を後の世代になすりつけて振り向きもしない者達よ、そして一転、原発が事故で危険になると、自らの過去の行動は棚に上げ当事者を責め、震災でライフラインを失い苦しむ同胞を横目に無視して、日々買占めに精を出す者達よ。

せめて、苦しむ同胞の迷惑にならない行動をせよ。君達も大人なのだろう。
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愛する日本の皆様へ !

吾が愛する日本の同朋の皆さん。
被災してなす術を知らず、空前絶後の破壊に見舞われ、愛する者を失い、茫然自失の中にある方も多いことでしょう。
しかし、皆さん。私は信じています。
我々日本人が、必ずやその逞しい精神力を発揮して、日本を復興させることを。
そして、心して下さい。
混乱を好機とする偽りもまた、既に蠢動しています。
身近の老幼を、今、力の無い方々を助けてあげて下さい。
いまこそ、皆さんが力を発揮する時です。
皆さん一人一人が持っている光が、世を照らす時なのです。
我々が、そうした「日本人の魂」を持っている限り、失敗も敗北もあり得ません。
私は信じています。
そして、私もまた行動しております。

震災。

今回の大規模な震災につきまして、被災者の皆様には心からのお見舞いを申し上げます。
決して希望を失わず、心を励まして、慌てず、心を静められて、まず生きる努力をなさって下さい。
そして、悲しくも犠牲になられた多くの方々に、心よりお悔やみを申し上げます。
どうか、健常な方々は、弱っている方々を助けて差し上げて下さい。心と力を合わせて、危機を乗り切りましょう。
私も、できる限りの努力と行動をしております。
私をご心配下さった方々、ありがとうございます。私は、無事でございます。
愛する同朋の皆様が、少しでも被害が少なく、そして一刻も早く日常に戻れますように・・・。

ジョージとエドワード。

アカデミー賞四部門獲得で話題になっている、「英国王のスピーチ」という映画が公開されます。
現英国女王、エリザベス二世の御父君であられるジョージ六世の物語です。
ジョージ六世という王様は、「王冠を賭けた恋」のエドワード八世ことウインザー公と、現女王陛下の間に挟まれた治世で、日本人にとってはイマイチ存在感に欠ける英国王ですが、私は、ウインザー公よりもジョージ六世を敬愛しております。
確かに、ウインザー公は不世出の洒落者であり、男性服飾史においては大きな貢献をし、「男性が最もエレガントであった時代」といわれる1930年代の牽引者の一人でありましたが、それは結果論で、大胆に見えて実は小心、奔放に見えて実は臆病、朗らかに見えて実は屈折しているウインザー公の人物は、私にはどうしても敬愛できません。
映画のメインテーマになりますが、ジョージ六世は重度の吃音症がありました。幼少期に左利きとX脚の強引な矯正による過度なストレスが原因であると言われています。兄のウインザー公は、弟のこの苦難に対して冷淡で嘲笑的であり、時に苦痛のあまり泣き叫ぶ弟をからかい、いじめました。自らが、少年時代の学校ではいじめられっ子であったウインザー公が・・・、と少々驚かされる事実ですね。

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ジョージ六世の装いには、ウインザー公のような華麗さや驚き、そしてギリギリの上品さというスリリングな部分はありませんが、逆に、ウインザー公には無い端正さ、高貴さ、そして安定感があると思います。
それは、自らが背負わされた重い義務から逃げ続けた者と、苦痛に耐えて敵わぬまでも奮闘した者との違いなのではないかと、私は思っています。
寡黙で、病弱であり、社交嫌いであったジョージ六世は、兄ウインザー公の無責任な王位放棄によって、国王という望まぬ重責を背負うことになりますが、生真面目に誠実に責務をこなし、第二次大戦中には、ロンドンからの疎開を勧める側近の意見を、「国民が生命の危機にあるというのに、君主の私に彼らを見捨てて逃げ出せというのか」と退け、自ら武装してバッキンガムに留まり通しました。このことは、大戦中の英国民を精神的に大きく支え、国民の絶大な支持を受けて善良王と言われました。
これまた、ナチスをはじめ敵対勢力と親密であり、結果的には、間接的に国民の生命を脅かした兄とは対称的な生き方です。

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ジョージ六世の写真を見て、まず印象を強くするのは、その落ち着いた表情です。癇が立たず穏やかで、ゆったりと流れる大河のようで、まさに「成人男子」かくあるべしという表情をなさっています。装いも、その表情の延長線上にあり、わざとハズすなどの奇を衒ったところは微塵もありませんが、丁寧によく吟味された、という印象を受けます。
兄ウインザー公は、時に快活で、時にオドオドとし、時にはにかんだ、子供の様にめまぐるしく表情の変わる方でした。それがまた、公の大きな魅力の一つであったことは確かですが、大人の男としての雄々しさや落ち着きに欠けるといった点は否めないと思います。

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ウインザー公の装いは素晴らしいし素敵だと思います。公のような装いの感性を持てたらなぁ、とも思います。そして、変遷流転極まりない公の人生のように、華麗に、めまぐるしく生きてみたいとも思います。
しかしながら、ジョージ六世とウインザー公、「どちらのような男でありたいか?」と問われれば、私は、ジョージ六世と即答するでしょうし、装いも、具体的に参考にするとすれば、やはり、ジョージ六世だと思います。
己に課せられた苦難に敢然と耐え続け、そのストレスによって縮められたとも言われる56年の短い生涯の中、国を愛し、国民を愛し、妻を愛し、娘たちを愛し、そして、偉大なる治世とまで言われるようになった後継者を育てたジョージ六世に、一人の男性として敬愛の念を捧げてやみません。
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