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遥かなるアイリッシュリネン。

私の祖父は、その生涯で数着のリネンのスーツを着ました。英国仕立てのそのスーツは、淡いシャンパンゴールドで柔らかな光沢があり、しなやかで涼し気に見えました。幼い私が、祖父にその話をしますと、祖父は、「アイリッシュリネンという生地の服である」という意味のことを答えてくれたのを記憶しています。私は、祖父がアイリッシュリネンの服を着る、初夏の衣替えを楽しみに思い、自分が大人になったら、絶対にアイリッシュリネンのスーツを着るんだ、と心に決めていました。その思いは、いまだに変わっておりません。
しかし、今の私は、アイリッシュリネンのスーツを所有しておりません。その理由は、アイリッシュリネンというものが世の中から無くなってしまったからです。

大人になってからの私が出会った、「アイリッシュリネンと称されている」リネンは、硬くゴワつき、光沢があっても無機的で、しなやかさが欠片も無い、私が知っている、そして憧れたアイリッシュリネンとは、全くの別物ばかりでした。
アイリッシュリネンが、世の中から消えて行ってしまった、その理由は、オイルショックにありました。オイルショックで、世界的に高級品の買い控えが蔓延したことの影響で、北アイルランドのリネン紡績工業は急速に収縮していくのです。紡績会社が登記上姿を消していくのは、90年代後半から2000年代初頭ですが、実際にはリネンの紡績は80年代初頭には全く行われなくなり、原料となるフラックスの栽培は、その更に以前から行われなくなっていたのです。

ここまで読まれた方には、「そうは言っても、アイリッシュリネンなんて今でもあるじゃないか。」と思われるかも知れません。確かに、アイリッシュリネンという名称の商品は多く存在します。多くの仕立て屋さんや、アパレルメーカーが良品として推す、S・B社のアイリッシュリネンなどは、今現在、普通に手に入るリネンとしては良品なのかもしれません。しかし、私はそれらがアイリッシュリネンと称されることには異議があります。それらのリネンは、フランスやベルギーで栽培されたフラックスを中国やイタリアで紡績し、イタリアやアイルランドで生地にしたものなのです。
サビルロゥのテーラーGの、今は亡きR・G会長も、80年代後半にお会いした折りにおっしゃっていました。「アイリッシュリネンというのは、名称が継承されているだけで、服地としての原材料や生産過程に実態が無い。」と。
本来、アイリッシュリネンとは、北アイルランドで栽培されたフラックスを、北アイルランドで糸に紡いだものをそう呼ぶのです。品質が同等ならば小さな問題かもしれません。しかし、その品質が決定的に違うのです。北アイルランドの小さな地域が、数百年にわたって欧州でリネン生産の聖地となっていたのは、伊達ではないのです。

その違いを具体的に述べると、まず、生成りの色が違います。一般に生成りというと、黄色がかったオフホワイトを想像しますが、現在のリネンの生成りというのは、下の写真のような、グレーベージュといった感じの色です。

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生成りのリネン

色に関しては、生地質の良し悪しとは関係ありませんが、原材料の色が、このような色だということです。現在、世間の服や生地で見る「生成り」は、この色の糸、乃至は生地を、脱・染色した「生成り色」で、生成りのリネンではないということです。
生地質としては、シャリ感が有って、ウールやコットンと比べると、硬いという感じで、皆さんがリネンと言って思い浮かべる質感でしょう。勿論、良質のものをエージングすればしなやかさも出て来ますし、長持ちもします。
リネンとはこういうものです、と言われれば、それに意義はありません。その通りだからです。

しかし、アイリッシュリネンと言うと、お話が別です。
生成りの色が、淡くクリーミーなシャンパンゴールドですし、生地がしなやかです。北アイルランドで栽培されたフラックスで、北アイルランドで糸に紡がれないと、という理由がそこにあります。その質感は他のリネンよりも、硬めのシルクに近いものがある、と例えると解かり易いでしょうか。そう考えると、アイリッシュリネンとデュピオーニシルクの生地が、同じような季節とシチュエーションで用いられる理由が解かるような気もします。

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真正アイリッシュリネンの生成り糸

上の写真は、40年近く前に紡がれた、真正のアイリッシュリネンの生成りの糸です。最初の写真と比べて、色の違いがよくおわかりになるかと思います。これが、アイリッシュリネンの色なのです。ちなみに、生成りというのは、人工的な脱色や染色をしませんから、原材料の色が殆どそのまま出て来ます。したがって、その年の作付によって、全て色が違います。良い年もあれば、そうでない年もあり、良い年のものだけで特級品を織るのか、ブレンドして品質を安定させるのか、などが織元さんの特色の一つになるのでしょう。
それにしても、美しい色だと思います。子供の頃の記憶が甦る想いがします。

現在のリネンに対するアイリッシュリネンのもう一つの特長は、生地のしなやかさです。これは、データを取った訳ではないので、あくまで想像ですが、繊維長が長く、繊維自体が他のリネンに比べてしなやかなのではないかと思います。

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ガーゼ生地に織り上げられストールになったアイリッシュリネン

上の写真は、ストールになったアイリッシュリネンです。そのしなやかさがご想像できると思います。通常のリネンでしたら、ストールにするなど考えられないことですね。せいぜい、そのざっくりした質感を生かして、夏のタイなどにするくらいではないでしょうか。
しなやかな糸は、織り上げるのも難しく、特に、スーツなどに使う高密度の生地に織り上げるには、技術と時間が必要なのです。
高速織機が使えず、昔ながらのシャトル織機で織るとすれば、一日で数mから十数mしか織れませんから、世界的に景気が落ち込み、また、何事にもスピードが求められるような世の中になるとともに、終焉を迎えたというのも解からないではありませんね。

現行のリネンを、流通関係そのままに、「アイリッシュリネン」と言える仕立て屋さんやアパレル関係の方達は、上記の事を知らないか、商売上の事由で、消費者には黙っているということなのです。私には、どちらも大変遺憾なことに思われます。後者のような考え方をする人間などはお話になりませんし、前者には、悪意は無くても、スペシャリストとしての基本的な知識の欠如を寂しく思います。吾が国は、技術立国であると信じる私は、自分も含めて、技術者というものは、その専門分野に関して知らないということがあってはならない、また、そうなるために、常に努力していなければならないと思っています。
真正のアイリッシュリネンというものは、現在では、ビンテージの生地、もしくは糸しか存在しないのです。顧客側の皆様には、是非、そのことを知って頂いて、納得の上でご購入頂きたいものと思っています。

さて、弊ブログでは、これまでこのような記事を書かせて頂いた際は、その生地が私の元へやって来るという前振りでもありましたが、今回はどうなのでしょう??? 乞う、ご期待であります(笑)!
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アイドルも、カリスマも。

一昔前は、自分が、その人物の真似をするくらい贔屓にする存在を、アイドルと言いました。現在では、カリスマなんちゃらという言い方もあれば、畏れ多くも、「誰それは神!」と神格化されたりも致します。
一般的に、服を誂える日本の男性諸氏には、この傾向が著しく強いということが言えると思います。教養のある方が多いので、アイドルのカリスマのと表だって騒ぎ立てたりはしませんが、行動はその分更にラジカルです。
自分が入れ込む人物と同じ仕立て屋さんに服を依頼するために、わざわざ海を渡って行ったり、その服のディテールを、ミリ単位で仕立て屋さんに再現させようとしたりします。
彼等が憧れる人物は皆、私も確かに素敵だと思います。しかし、こうした行為に熱心な方達の多くは、体型や顔立ちが、憧れた人物とはかけ離れている場合が殆どです。どうせなら、なぜ、自分に似た体型、顔立ちの人物を選ばないのかが、私には不思議でなりません。また、彼等は、肉体を造り上げようという、かつての三島由紀夫のような意欲も希薄で、ひたすら服のディテールでそれをカバーすることを希み、仕立て屋さんは能力という範疇を超えた魔法使いであることを要求されます。身長が170cmもない痩せぎすの人に、190cmで胸囲が1m以上もある人と同じディテールを体格比率で修正した服を作って、同じようになれる訳がありません(笑)。
私は仕立て屋さんで、そうした顧客の方と、お互いの贔屓の人物紹介みたいなことが一種の社交になるのが好きではありません。勿論、私にも好もしく思う公人や芸能人はいます。曰く、公人では、先だっての記事にも書かせて頂いた、ジョージ六世、カミラさんとご結婚なさる前のチャールズ王太子、プリンス時代のウインザー公。芸能人では、ゲイリー・クーパー、ジャック・ブキャナン、フレッド・アステア。などなど。

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それは、まぁ、誰が見ても素敵ですが・・・(笑)

しかし私は、彼等の真似をしたこともありませんし、彼らになりたいとも思いません。自分の在り方というものの完成度を上げるための参考資料、といった書き方が適切かもしれません。ちょうど、手紙でキケロに関した論争をしたポリツィアーノのように。曰く、「あなたは、キケロに関して学んだ私が、全くキケロと似ていないではないかと言う。しかし、まずもって私はキケロではないのだ。そして、キケロを知ることによって私は私自身をより深く知ることが出来たのだ。」これに尽きます。
私は、自分の装いに、アイドルもカリスマもいません。ジョージ六世やクーパーになりたいとも思わないし、なる必要もありません。彼等のように私が素敵になりたければ、私は今以上に私らしく、私そのものにならなければならないと思っています。
自分なりに、自分らしく。どんなメディアでも、日に一回はお目にかかるような言葉ですが、それだけ日本人には苦手とされていることなのでしょう。日本人は、何か実質的な利害が関わり、一旦心を割り切れば現実的なのですが、そうでないと意外と夢想家というか子供のようで、ことに男性は、服装に関してこの在り様が顕著です。解かり易く書かせて頂くと、『好き』と『得手』の区別がついていないのです。「好き」だから似合うとは限らない、この単純な理屈が理解できていないのです。
そして、昨今の人達は、人間のあらゆる義務の中で、最も大切で最も高尚なものから、意識的なのか無意識なのかは解りかねますが、目を反らしているように思えます。自分自身をより良く伸ばすという義務を。
自分と向き合うことを恐れずに、まずは姿見で裸の自分をじっくりと観察するところから始めて頂きたいものです。『好きこそものの上手なれ』とするために・・・。
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