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仕立て屋さん、ポワロと私。

アガサ・クリスティー作の名探偵、エルキュール・ポワロをご存知の方は多いと思います。
私はITVのドラマで、俳優のデビッド・スーシェ演じる「エルキュール・ポワロ」の、『誘拐された総理大臣 (The Kidnapped Prime Minister)』という回が好きなのです。
ストーリー全般は、ポワロのシリーズの中ではあまり盛り上がる方ではないのですが、オープニングとエピローグで、ポワロが仕立て屋へ行き、服を誂えるシーンが好きなのです。私の思っている仕立て屋さんの理想に近い形がそこにはあるからです。

ポワロの服を仕立てる、老仕立て屋Fingler氏は、寂しい街外れに店を構えています。
質素な服装をして、反物が天井まで積まれた雑然とした店で作業をしています。しかし、自身の技術に関しての努力・研鑽と自信は揺るぎなく、同行したポワロの友人にしてパートナーのヘイスティングズ氏が、それを疑う素振りを見せると、「サビル・ロゥ(日本語吹き替えでは有名な店となっています)をお試しになられたければ、いつでもどうぞ。でも、みんな私が教えた子達ですよ。」と、チクリとやりますが、服を作るということ以外にはすべてに控えめで、出過ぎる事がありません。
Fingler氏が、ポワロのウエストが1/2インチ増えた(太った)ことを指摘して、ポワロがそれを否定すると、彼は悪戯っぽい表情でヘイスティングズ氏に、「このお客様は、毎年、私のメジャーが縮むとおっしゃるんです」と言い、ポワロと顔を見合わせて微笑むシーンは秀逸です。
店を出てから、ヘイスティングズ氏がポワロにもう一度、「どうしてサビル・ロゥ(日本語吹き替えでは、やはり有名な店になっていますが)で仕立てないんです?」と聞くと、ポワロはこう答えます。
「Fingler氏は芸術家と言っていい仕立て屋です、そういう人間には、それを理解し、支える人間が必ず必要なんです。」

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現在の、日本人の仕立て屋さんの「技術」は優秀だと思います。特に、三十代中盤から四十代くらいまでの、若手と言われる仕立て屋さん達の技術は、世界的に見ても、全く遜色がないか、むしろ上回っているとさえ感じます。
しかし、私が気になっているのは、彼らの多くが、私が考える「お客様を迎えるに相応しい」装いをしておらず、どこぞの大手企業の経営陣のような服装や、休日に遊びに行くような服装、これからナイトイベントに繰り出すような服装をしていて、自らをスタイルの発信源の様に意識しているかのようなフシが見え隠れするということです。
日本では、仕立て屋さんの場合は、家業を継ぐ方よりも、服好きが昂じて仕事になった方が多くなりつつあることや、欧州などに比べて、服を誂える顧客のレベルが低いということがあり、そうした状況になるのは、ある程度致し方が無いと言えるのかもしれませんが、ハッキリ申し上げて、私は好きではありませんし、仕立て屋さんが教祖の様になっている状況も不気味だと思いますし(笑)、私は服を作る新興宗教に入信する気も、お布施をする気も全くありません。

ここで一つ、日本の多くの方が勘違いされていることを指摘しておきたいと思います。日本ではここ数年、職人やクラフツマンシップが大きく評価されていますが、私は、その点、やや過剰に過ぎると思っています。私も、自身が技術者でありますから、そうしたものは尊重しますし、非常に大切に思っていますが、それと、職人や技術者を祀り上げることとは違うと思うのです。
例えて言うならば、イングリッシュネスやパリのエスプリ、ローマやミラノのエレガンスを体現しているのは、仕立て屋さんなどではなく、質の高い顧客達なのです。そうした質の高い顧客を納得させ続けていられるだけの能力を持ち、努力・研鑽を重ねているからこそ、一流どころはそうなのであって、はじめにまず顧客ありき、なのです。服を作る人間を祀り上げている限り、日本の顧客たちはその域に達することはできないでしょう。
これは、服作りをする人達を決して軽視したり、貶めたりしていうものではありませんが、顧客にとって仕立て屋さんは、自己を表現するための、自分にとって必要な要素を得る為の、一つの機関なり道具である、それ以上でも以下でもない、とどこかで意識するべきであると思うのです。そう思えてはじめて、「たかが服、されど服」の意識になれるのだと思います。

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私が服を仕立てる時に選ぶ生地には、ある特長があります。それは、私の好みでもあり、私が持っている、服を着て行くステージの傾向でもあると思います。また、どんなに生地の素性やスペックが良くても、決して着ないタイプの生地もあります。
私は、最大二度の対話で、そうした私のことを掴み取れない人には、どんなに技術が優れていても決して服を注文することはありません。また、自分が如何に良い生地だと思っても、私の好みでない、或いは着ないタイプの生地を強く勧められる、ということが大嫌いなのです。
服を作る時に、私と仕立て屋さんの関係は、王様と召使いの関係だと思っています。別に、横暴なこともしませんし、理不尽な我儘も言いませんが(笑)、召使いの分を超えた発言や振る舞いは、私の最も嫌うところです。顧客を持つ、所謂客商売には、顧客の前で弁えるべき分というものがあり、日本の仕立て屋さんには(勿論、総じてということではなく、素晴らしいところもありますが)、その辺りをよく理解されていなかったり、誤解されている方が多いように思います。

私が服を任せている仕立て屋さんは、身嗜みをはじめとして、顧客を持つ人間としての行動や物言いは、私に関する限りパーフェクトと言ってよい人なのです。
服装は、きちんとしていますが決して出過ぎず、私が欲しない、必要としないものを勧めたことがありません。
また、上着でも、ウエストコートでも、トラウザースでも、私の手が自然に行くところに釦があるなど、顧客が服を着ていることを忘れ、自然に振る舞う為の、観察と工夫を怠らず、常に続けている人です。
所謂、仕立て屋さんの専門技術の領域に属することでは、彼を上回る仕立て屋さんもいるかと思います。けれども私は、私の仕立て屋さんが店主として私に接する快さ心地よさ、彼の服を纏った時になれる自然で無意識な感覚がある限り、今お世話をかけている仕立て屋さんとは離れられないでしょう(笑)。
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