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うろたえないメンタル。

男性が服を装う時に最も大事なこととは何でしょうか?
清潔感、バランス、ほんの少しの遊び心等々、世間では色々なことが云われますが、最近では、やはり「普遍性」ではないかと思うのです。普遍性といっても、いつも同じものを身に着けているということではありません。自分自身の好み、趣味、美意識、価値観といった精神的なものを、社会的な傾向や流行に流されることなく大事に育てる、ということなのです。

これは、紳士服の原点がなぜ英国なのか?ということにも関わりがあるかと思います。現代の紳士服の起源が英国にあるから、という理由も無論有るとは思いますが、私はむしろ英国の紳士服に精神的な普遍性があるために、常に他の国々から指標とされるのではないかと思うのです。

英国の貴族階級では、現在でもその子息がもの心つくとまず、「Don't panic.(うろたえるな)」ということを繰り返し訓えられ、精神に擦り込まれます。これは、安易に流されたりぐらつかされる価値観を持ってはいけないということであり、リーダーとして、一族の長として、一族や国家の特色、美点、価値観を自分の中で正しく理解し、永きにわたって大切に育てよ、ということにつきます。ですから、彼らの装う服には、例えば同じスーツにしても、先祖から自分に繋がるその一族特有の特長が見られ、それは、代々の人間が一族の特性、個性に合わせて長年をかけて醸成していくから出来上がるのです。

昨今、服飾関連のマスコミでよく見かけるテイストとかスタイルという言葉、それを構築するというのは、本来こういうことを言うのであって、決して着こなし上手を指す言葉ではないと思います。マスコミに付和雷同して、オーバーサイズのダボダボが流行ればそれを、とんがった靴とピタピタの短いパンツが流行ればそれを、と流されているようでは、一生かかってもそんなものは出来上がらないでしょう。
色々と経験値をつめばレベルが云々、というのはものを売る側の罠であって、肝心なものが抜けているのではないでしょうか? それは、「その人の外観と生活水準を核にして」ということです。個々の価値観というものは万人の価値観ではないから、個々の価値観に特化したものは万人には受け入れられません。世の中の標準的な体型というのは、あくまで統計的なもので、売る側が設けた基準ですから、個々の体型や個性に特化したものは、当事者以外は誰も身に着けられません。

逆の言い方をすれば、もしがとんがった靴が好きで、自分に合うものだと考える方ならば、この先数十年、世の中の流行がそこから外れても、ずっととんがった靴を履き続けることによって、その人らしさというものの一部が醸成されていくでしょう。しかしそれは、必ずしも結果に結びつくというものではなく、あくまで、そうしたことから始まる、というに過ぎません。人によっては、とても勇気と努力が要る行為と言えるかもしれませんね。

私の好きな言葉に、アイザック・ウォルトン著の釣魚大全の巻尾にある、「Study to be quiet.(穏やかなることを学べ)」というのがあります。いきなり何を書くのかと思われるかもしれません。私の友人達は、私がこう言うと笑うのです。多分、私が穏やかでない、口より先に手が出るタイプの人間(笑)だと知っているからでしょう。しかしそれは、この釣魚大全を読んで、この本が書かれた時代を考えると、友人達が考えていることと、私が考えていることが全く違うということが解って頂けるでしょう。

簡単に言えば、釣魚大全は英国史上で稀に見るほどの動乱であった、ピューリタン革命の時代に書かれたのです。そんな時に釣りの本を書いて、穏やかに生きろと言うことは、我が国の過去の大戦時で言えば、「徴兵を拒絶して家で寝ていよう」と言うことに等しいことなのです。現代と違って、動乱時に成人男性に求められる言動は、大変厳しく大きかったのですから。しかも、ウォルトンはやや王党派よりであったものの、ピューリタン派にも王党派にも批判的でした。世の中が二つに割れている時に、そのどちらにも属さないというのは、大変危険で、また、精神力を必要とする行動です。

自分の理想や価値観を守っていくということは、時としてそういうリスクを持つということなのです。そして、それを乗り越えたものだけが、普遍性を持った美意識を醸成できるのです。ウォルトンの釣魚大全は、その内容だけをとっても素晴らしい本だと思います。私の大好きな本です。しかし、血煙の漂う世の中に背を向けて書かれたことに、もっと大きな意味があるのです。この本が世界中で愛され、版を重ねるのは、ウォルトンがリスクを恐れずに、「戦争より釣りのほうが素晴らしい!」と『戦時中』に言い得たからなのです。平和な時になら誰にでも言える言葉ですが、戦時中に言うのは大変な勇気が要るどころのレベルではありません。

私も、ウォルトンのようでありたいと思っています。なぜ、「Study to be quiet.」という言葉が好きなのかをお解かり頂けたでしょうか。

皆様も、自分の愛するもの、大切なもの、素晴らしいと思うものを信じて、自分に合わない世の中の押し付けや、売る側の利のためだけの流行には迎合せずに、きっぱりと背を向けて頂きたいと切に願います。動乱時に「穏やかでいる」ほどのリスクは無いのですから(笑)。何があってもうろたえない、自分なりの価値観と美意識、持ちたいものですね。肩ひじ張って、それを、テイストだのスタイルだのと安っぽい言葉で、人前で軽く語らずに・・・。
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