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革と米。

私は、革製品が好きです。革の靴や鞄は、使えば使うほど馴染み、年が経るほどに美しく立派になるからです。二十年以上を履き込み、使い込んだ、靴と鞄をいくつか持っていますが、もうとても手放すことなど考えられないくらいの思い入れがあり、大切にしています。

しかし、靴や鞄は道具であり、濡れることもあれば傷つくこともあるはずで、大切にするということは、決して床の間に飾っておくようなことではありません。また、いかに愛情と思い入れをもって革製品を使い込んでいるからといって、所謂靴オタクの人達が好む、メンテナンスに関する冗長な話はしたくありません。例えば、白いシャツをきちんとクリーニングして、カラーもカフも真っ白で着ることは、美意識と礼儀の点で大変重要なことだと思いますが、そのためにどのようなクリーニングをするかという方法論は、個人それぞれのものであって、他人と語るべきようなことではないと思うのです。大切なのはクリーニングの仕方ではなく、きちんとクリーニングされているかどうかでしょう。私は、革製品にも同じことが言えると思っているのです。

その意味で、革製品を大切にする意識は、私達日本人が米を大切にする気持ちに似ていると思うのです。西欧には、酪農、食肉の歴史があり、その食文化の延長線上に革製品があります。西欧人にとって、食料として人間の命を支えてくれる動物の生命を無駄にすまいという意識が、良質の革を生産する技術を生み、革製品を長く愛用する文化を育んだのでしょう。

子供の頃によく聞いた、「お米は、生産者の方が八十八の手間をかけて作る。」という、毎日食べる米を作る人達に対する感謝するのと同じような気持ちで、革製品を手入れし使ってきましたし、これからもそうしていくつもりです。こんな例えをした理由は、食べ物といえば、何処々々産の米とか、鮨がどうとか、蕎麦がどうとか、所謂「俄か~道」的に陥りがちで、そのことが現代の日本の食を如何に歪めているかを強く感じるからです。同様に、靴や鞄は現在、非常にオタッキーな薀蓄が幅を利かすようになりつつあると思い、それを野暮で嫌なことだと思っているのです。

毎日食べる米を大切にするような気持ちで、日常役に立ってくれている革製品の手入れをして使っていく、それが本当に物を大事にしていくことだと考えています。
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