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国母選手服装問題 (追記有り)。

バンクーバーオリンピック開幕もあって、ここ一日、二日と話題になっている、スノーボード・ハーフパイプの国母選手の服装問題ですが、ここで色々と申し上げるつもりはなかったのですが、20通以上のメールを頂戴致しましたので、私なりの意見を書かせて頂きました。
頂戴したメールには、服装のTPOをわきまえないという批判、五輪選手は国民の税金が絡んで派遣されるのだから好き勝手で国民に恥ずかしい思いをさせてはならないという批判が多かったのですが、私は単純にそう考えてはおりません。

私自身は、ブレザーを始めとするタイドアップしたスポーツジャケットの類は、軍服から派生したものであり、崩さずに装った方が素敵だと思っています。また、ワールドカップやオリンピックは世界の国々の代理戦争の意味合いが強いものです。その考え方の是非は別として、日本以外の国、特に欧米では「事実として」完全に代理戦争としての位置付けです。つまり、入場式や、公式会見での各国選手のジャケットスタイルは明確に軍服としての一面を持っているのです。私には軍隊経験がありますが、軍服をあのように着崩す軍人は、世界中で見たことがありません。

自分自身そういった見解の私が、国母選手の服装自体について殊更批判をしないのは、スポーツ選手は肉体・精神ともに強くあれ、と思っており、また、野球のイチロー選手が若い頃から注目しているからです。
米国メジャーリーグで活躍し、二度のワールドベースボールクラシックではチームの牽引役を果たし、今や国民的ヒーローとなったイチロー選手も、若い頃には服装で批判されることが多いスポーツ選手でした。

私が、今回の国母選手の服装問題で一番残念に思うのは、本人が堂々としておらず常に逃げ腰ということです。このことから、彼は人間として、服装自体を問題にできるほどのレベルに達していないと思うのです。会見で問題になった「ちっ、うっせーな」も、なぜ横を向いてマイクに拾われないように(拾われちゃいましたが・笑)言ったのか。これでは、ボクシングの亀田家です。記者に正面から向かって大きな声で、「うるせぇな、俺の勝手だ」くらい言えないようでは話になりませんし、批判や処分などの後難を恐れてのことであれば、こんなに情けないことはありません。
以前にも書かせて頂きましたが、自分が一つの選択をするということは、それによって生じる責任やリスクとセットです。好きにやるけれど面倒からは逃げる、というのは社会人として最も恥ずべき行動です。
イチロー選手には、そういうことはありませんでした。批判には常に正面を向いて堂々と答え、理由も自分なりの言葉でハッキリと説明しました。そういう時の彼のキッとした顔、強い視線が今でも思い浮かびます。
サッカーの中田英寿選手もそうでしたね。

koku1
乗峯滋人氏撮影 毎日jp より

ichiro
国母選手とイチロー選手の写真です、その視線、眼力の違いがわかると思います。まっすぐに彼のバックホーム、レーザービームのように射してくるイチロー選手の視線に対し、何処か茫洋として一点に定まらず弱々しい国母選手の視線、私はこれがそのまま、人間としての彼らの実力と自信を顕していると思っています。

日本の洒落者の憧れの人として名高い、横浜の老舗洋品店のS氏は、「いかなる服装も自信を持って堂々と楽しく着こなすべし」とおっしゃっています。国母選手の今回の服装に伴う言動はどうだったでしょうか?
繰り返しのようになりますが、選手団の心得にどう書いてあろうと、代表団の服装をせずに、いつもの服で空港に来るくらいの「図々しさや度胸」が欲しかった。文句を言われたら、団長がどう言おうと、代表に二度と招集されなくても、連盟からいかなる処分が下ろうとも、平然と帰ってしまうくらいの我の強さが。

しかし、スノーボーダー達にそれを期待するのは酷なのかもしれません。彼らは、一見個性的なように見えて、実は極めて没個性のサラリーマン的な存在なのです。
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須賀川理氏撮影 毎日jp より

上の写真を見ると、いちばん左端が国母選手ですが、装いに関しては真ん中の人物も似たり寄ったりですね。タイは見えないし、ジャケットのボタンを閉めて隠れていますが、明らかにシャツは出ています。そもそも、ジャケットにディパックというのが基本的にNGですから、この写真から見る限り、テレビの報道を見ていた国民はいざ知らず、JOCや連盟は国母選手だけを注意するのは片手落ちですね。外から批判が来た人間だけ注意や処分をするというのは、JOCや連盟に見識や理念が無いから以外の何物でもないですし、なんとなく大きな組織の会社っぽいですよね。
彼らの服装を擁護する方達は、個性という言葉を口にしますが、ヒップホップスタイルは彼らのオリジナルではなく、単なる「輸入品」ですし、スノーボードをやるからそういう装いをするということならば、大学生が就職するから染めていた髪を戻して短くし、ともかくスーツにネクタイを締める、というのと何が違うのでしょう。行為としては、極めて没個性でサラリーマン的です。そういえば、やりたいことはやるし貰うものは貰うけど、責任とリスクは嫌という言動が、完全にサラリーマンですよね。今回の問題は、一人、国母選手だけでなく、スノーボード業界ならびに関係者が、非常に没個性のサラリーマン的集団ということが判った事例でしょう。

大学生の就職活動で思い出しましたが、国母選手は大学生でしたね。選手として上手くいかなかった時の保険でしょうか? 野球やサッカーの選手は、その殆どが中学や高校を出てその競技に専心していきます。六大学野球華やかなりし時代とは違いますから、国際的に活躍するスポーツ選手に大学出は少なくなっています。
その辺りにも、国母選手のサラリーマン根性を見たように思ってしまうのは、穿ち過ぎでしょうか(笑)?

私が、ジャンルに関わらずスポーツの選手たちに期待すること、それは、まず、
「心身ともに強くあれ!」
です。国母選手にも、もっと強く、もっとしたたかに、もっと傲岸になって貰いたいものだと思います。

『追記』
橋本団長と一緒の国母選手の会見を見ましたが、とても悲しかったですし、情けなかったですね。
見ている人達に自分を理解させる、或いは影響を与えるのに絶好の場所である筈なのに、それを計算する能力も無いのでしょうか。

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上は、会見の写真ですが、どちらが当事者なんだかわからない頭の下げ方です(笑)。頭の下げ方も知らないのでしょうか、これで妻がいる男なんだそうですから・・・。頭を下げたくないのに嫌々やっているのだとしたら、本当のヘタレ、臆病ものですね。リスクが怖くて謝罪を拒否することもできない。世界を相手に闘うのですから、どんな状況でも、どうすれば自分に有利かという計算ができる冷徹さが欲しいものです。
理知的にハッキリと話す橋本団長に比べて、きちんと話すこともできずに、自分の言葉が全く無く、あまつさえ、要点では橋本団長に相談する始末。まるで母親にアドバイスされながら会見する吉兆の社長のようで、ふと、反省猿の次郎君を思い出しました。やりたくもないのにやらされて、挙句に見ている人達を不快にするなら、みんなを楽しくさせる次郎君の方がよほど偉大です。いやいや、比較すること自体が次郎君に失礼でしたね。結局、猿以下ということなのでしょうか。つまり、彼のあの服装も、実際には自分らしさの表現ではなく、「猿真似」の域ということなのでしょう。これでは、国母選手を擁護する人達もガッカリすることでしょう。
現時点での国母選手の人間としてのレベルがはっきりと解った会見でした。
メダルをとればシャンシャン云々仰る方達もいらっしゃいますが、私はそれは違うと思います。それでは、「稼いでりゃ文句ねぇだろう」でやってきて熟年離婚されるオトウチャンと同じです(笑)。
どんなに成功しようと失敗しようと、「人として」ダメなものはダメなのです。日本人も、そろそろその辺りはきっちり区別できるようにならなければなりませんね。
本節の方でも間接的な表現で書かせて頂きましたが、「装い」というものは、装う人間がどの程度出来上がっているかによるもので、現時点での国母選手の服装を云々するのはナンセンス、と言いますか云々できません。彼は、人間的にそこまでのレベルまで成長していませんから。シャツを出して腰パンしようが、キチンと首元までタイを締めてまともに着用しようが、変わるものは何もない人間です。「ネクタイを締める」服装をする「大人の男」には、程遠い下の方にいる「お子ちゃま」だということです。
人が生きていくということは、大なり小なり闘いの連続です。国母選手が、大いに闘い大いに成長して、十年先、二十年先には、「あいつは若い頃からどっか違った」と言われる男になって貰いたいものです。心からそう思います。
現時点での可能性は小数点以下だとも思いますが・・・・・。
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