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ストロベリー・アイスクリーム・ソーダ。

私は苺が好きです。
ケーキ屋さんや喫茶店で、苺のメニューがあると必ずといってよいほど、それをオーダーしてしまいます。
苺の赤い色、甘い香り、そして酸っぱさは、私になんとなく少年時代を懐かしく思い出させ、食べた後に足取りが軽くなるような気にさせます。
そのことを知ってか知らずか、私の連れ合いは、私が苺のメニューをオーダーすると「子供みたい」とコロコロ笑うのですが、それを見るのが好きなようでもあります。
けれども、私が色々な場所で苺のメニューをオーダーする本当の理由は、もっとも愛する短編小説に捧げるささやかなオマージュなのです。

ストロベリー・アイスクリーム・ソーダというタイトルのその短編小説は、アメリカ人作家アーウィン・ショーによって書かれたもので、男兄弟の田舎生活の一日が綴られています。
エディという名の主人公は、最近、ニューヨークから物語の舞台となる田舎にやって来たらしいのですが、その理由は書かれていません。田舎生活が嫌で仕方が無かったエディですが、ある女の子と知り合い、出会いの日に誘ったデートにOKを貰って、少しは田舎嫌いが和らいだかに見えます。
エディには、ローレンスという、ピアノがとても上手な13歳の弟がおり、毎日毎日、いつもいつも「一二三四、五」とピアノの練習ばかりしています。その弟のピアノの天分を、ショーは「将来、カーネギーホールの舞台で割れるような拍手に一礼して、テイル・コートの裾を後ろへ押しやりながら椅子に座って演奏を始めると、聴いている男も女も笑い、泣き、初恋を思い出すだろう」という書き方で表現しています。
けれども、弟のローレンスは、ピアノの天分を除けば生っ白い弱々しい少年で、兄のエディは弟の頼りなさを軽蔑していて、そんな時は「ロールレンス!」と、いやに気取って鼻にかかった巻き舌で弟の名を呼ぶのです。
ローレンスは兄に呼ばれると、指を曲げたり伸ばしたりしながらやって来ます。
夏の日、葡萄棚の下の日陰で涼んでいるエディのところに、ピアノの練習を終えた弟が来て言います。
「ストロベリー・アイスクリーム・ソーダが食べたいな」と。
今晩、デートに出かけるエディは、ローレンスにそれを食べさせてやることはできないのです。「デートがあって、35セント持ってる、けれど、今晩彼女がバナナ・スプリットが食べたいって言ったらどうするんだ?」と。
気まずくなった兄弟は、湖へウサを晴らしに行くのですが、その道中もローレンスは機械的に指を曲げたり伸ばしたりしています。エディは、それが嫌で嫌でたまりません。
湖で、兄弟は、誰のものかわからない古びたボートに乗って漕ぎだします。ボートに乗る時に、弟が怯んだり、きちんと靴と靴下を脱ぐのが、やはり兄には気に入りません。
ボートに乗って、エディが弟にオールを渡すと、ローレンスは「僕の手にいけないんだよ、指が固くなるんだ」と嫌がりますが、案の定まともに漕げません。
そんな時に、ボートの持ち主の男が現れて、兄弟を呼びます。男は息子を連れており、見るからに田舎の農夫といった逞しい大男で、無断でボートを使った兄弟に激怒しています。大男の毛むくじゃらで太い腕の筋肉は怒りに震えていて、ローレンスの胸倉をつかむと何度も揺さぶります。
エディが大男に、「あんたが弟とやり合うのはフェアじゃないぞ」と言うと、ローレンスと同じくらいの年に見える大男の息子が、「パパ、僕が相手になるよ」と受けて立ちます。大男は、ゆっくりとローレンスを離して「よし、教えてやれ、ネーサン」と言います。
しかし、ローレンスはネーサンに挑まれても、嘲笑されても、口もきかず身動きもしません。
「臆病者!腰抜け!卑怯者!」ネーサンが更に罵倒しても、ローレンスは動きません。
「どうするんだ、勝負するのかしないのか?」大男が焦れてたずねます。
エディも散々弟にはっぱをかけますが、ついにローレンスには通じませんでした。
絶望と悔しさに打ちひしがれて、エディは大男とその息子のネーサンに背を向けると、のろのろと歩き出しながら言います「弟は勝負しないとさ」。ローレンスは、身体をかがめると靴と靴下をとり、兄の後に続きます。
それを見ていた大男は「ちょっと待て」と兄弟を追いかけて来て、エディを自分の方に向き直らせます。
「なんですか?」エディが反抗的な態度も見せられずに悲しそうに言うと、大男は、「あそこにある家が見えるか?」とエディに言います。
「見えます」エディが答えると、「あれはわしの家だ、あそこに近づくな、わかったか」と命じ、更に、このもめごとの原因になった古びたボートを指差してたずねます。
「あれは、わしのボートだ。あれに近寄るな。さもないとお前らを叩きのめしてやる、いいな!」命じる大男に、エディは誇りを全て失っしまったかのように従って、弟と帰路につきます。後ろでネーサンが、また、「臆病者!腰抜け!卑怯者!」とわめいています。
家に帰る途中、クローバーでいっぱいの原っぱを重い足取りで横切りながら、エディは弟に言います。「臆病者め」、「卑怯者、花みたいに臆病だ、それが僕の弟なんだ」「もしこれが僕なら、人から卑怯者なんて呼ばれるより、いっそ死んだ方がましだ。僕だったら、まず自分の心臓を切り取らせてやる。でも、僕の弟は違う。花みたいに臆病だ。眼に一発くれてやりゃあなあ!たった一発でいいのに!ちょっと見せてやるだけでよかったんだ・・・。でも、弟はおとなしく突っ立ったままで、穴だらけのズボンを穿いた小汚い小僧に悪口を言われている。ピアニストか。ロールレンス!お前をロールレンスって呼ぶ時は、お前を軽蔑しているから、そう呼ぶんだ。僕に口をきかないでくれ!二度とお前なんかから口をきいて貰いたくないんだ!ロールレンス!」
エディは、帰路一度も弟を見ませんでした。そして、湖に行く前に弟と語らった葡萄棚の下に帰りつくと、まだ悔し涙をぼろぼろと流していました。
「エディ!」弟の呼びかけに顔を上げると、ローレンスはドスキンの手袋を念入りにはめているところでした。
「エディ!一緒に来てもらいたいんだ!」ローレンスは、兄を待たずに湖の方へ向って歩き出します。慌てて弟の後を追ったエディは、少し前に重い足取りで歩いたクローバーでいっぱいの原っぱを、今度はローレンスと肩を並べて、二人は軽い足取りで湖の方に向かうのです。
エディが、力強く農家のドアを三度ノックします。ついさっき、大男に近づくなと言われた家のドアをです。ショーは、そのノックの音は、進軍ラッパのような響きだったと書いています。
ドアを開けたのは、息子のネーサンでした。
「何の用だ?」
「ついさっき、お前は弟に勝負を挑んだね?弟は挑戦に応じるよ」
ネーサンがローレンスを見ると、彼は胸を張り、顔を上げて、赤ん坊のような唇をキッと真一文字に結んで、握りしめた拳を覆う手袋には皺が寄っていました。
「さっき勝負すればよかったんだ。もう遅いや」
「きみの方が申し込んだんだ、そうだろう!」
「それは、さっきの話だ。ドアを閉めるぞ」
「だめだ!お前が言い出した事だぞ」
渋るネーサンとやりとりをしていると、父の大男が「どうしたんだ?」と出てきます。
「ついさっき、この男がそこにいる男に勝負を挑んだ」エディは、ネーサンを指差し、ついで弟を指差して、「だから、僕たちはその挑戦を受けて立つことにしたんだ」
大男が息子に「どうなんだ」と聞くと、ネーサンは拗ねたようにぼそぼそと「そのチャンスを見送ったんじゃないか」と答えます。
「息子は勝負したくないそうだ」大男はエディに言い、「帰ってくれ」と言うと、はじめてローレンスが前に進み出て、ネーサンの眼をじっと見つめ、さっき自分が散々言われた言葉を一言だけ言います。「臆病者」
大男は、それを聞くと、「勝負して来い」と、息子をドアの外に押しやります。
「森で勝負をつけよう」ローレンスが言い、二人は5ヤード離れて森へ歩いていきます。
大男は、自宅のポーチに腰をおろし、残されたエディにも座るように言い煙草を勧めてくれます。エディの年齢に関する表現は無いのですが、ここで、煙草はエディにとって初めてだと書かれていることで、おぼろげながら彼の年齢が判ります。煙草を吸いながら、エディと大男が語らっていると、やがて二人の戦士が帰って来ます。往きには5ヤード離れて歩いていた二人は、寄り添って戻って来ました。
エディは、まず敵のネーサンを見ます。口から血が流れ、額にこぶができて、耳は真っ赤でした。それを見て満足そうににっこりしたエディは、弟のほうに近づいていきます。しかし、弟はもっと無残に痛めつけられた顔でした。髪がもつれ、片眼は腫れてふさがり、鼻は傷だらけで鼻血が流れています。ローレンスは、時々鼻血を舌で舐めていました。シャツの襟はちぎれ、ズボンは泥だらけで、むきだしの膝小僧をすりむいて、痛そうでした。
けれども、塞がっていないもう一つの眼は、きらきらと輝いて、ついさっきまでの弟には見たことのない、男らしい不屈の光がやどっていました。
「家へ帰ろうか、エディ?」弟の方から兄に訊ねます。
「いいとも」兄は弟の背中を叩きかけますが、激戦の痛みを思いやって手を止め、大男を振り返って手を振ります。「さよなら」
「さよなら」大男も大声で挨拶を返し、「ボートに乗りたい時は、いつでも乗ってくれていいんだよ」と言ってくれます。
「ありがとう!」
ローレンスは、ネーサンと握手をしていました。「さよなら」ローレンスが言います。「いい勝負だったね」
「うん」ネーサンが答えます。
エディとローレンスの兄弟は、寄り添って、またさっきのクローバーの原っぱを無言で歩きます。しかし、無言でも、さっきのような心の離れた沈黙ではありませんでした。ショーは、この場面で書きます。「強い男ならば、言葉を口にするよりももっと雄弁に通じ合う、心に訴える沈黙がある」と。
その沈黙を、エディのポケットの、今晩のデートのための35セントが、ジャラジャラ音を立てて破ります。
突然、エディが弟を呼びとめます。「こっちの道を行こう」
ローレンスは不思議な顔で、「でも、家はこっちの方だよ、エディ」と右の方を指差します。
「わかってるよ、町へ行こう。ストロベリー・アイスクリーム・ソーダを食べようや」

私は、この短編が大好きです。
アーウィン・ショーは、1930年代辺りからの、アメリカが最も素敵だったと言われている時代を書いた作家で、都会における男女の洒脱な関係を描いた短編が著名ですが、この短編にも、アメリカのアメリカらしい良さが描かれていると思います。
主人公エディが悔し涙を流す気持ちと、弟のローレンスが兄に「一緒に来てもらいたいんだ!」という決然とした決意。そして、一世一代の勇気と力を振り絞って傷だらけになった弟に、デートをあきらめてストロベリー・アイスクリーム・ソーダを御馳走してやる兄。ショーのそうした兄弟の気持ちの表現に、私は、老若や環境、そしてその折々の状況に関わりなく、男性が持っているべきメンタルがあると思うのです。私はそうしたメンタルを死ぬまで失いたくない、持っていたいと思っています。
この物語は、兄が弟を町へ誘うシーンで終りますが、きっとエディは、二度と弟を「ロールレンス」とは呼ばないでしょう。
そういえば、苺の酸っぱさは、少年の頃に喧嘩をして口の中を切り、血の鉄っぽさと生臭さが消えた後に残る酸っぱさに、似ているような気がします。喧嘩だけでなく、よく色々なことで生傷を作って血を流し、それを舐めたりしましたが、あの頃の血はなぜあんなに酸っぱかったのでしょう・・・。
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