スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

明けましておめでとうございます !

皆様、明けましておめでとうございます。
本年が皆様にとりまして、より良いお年となりますよう、心から願っております。

私は毎年、日付が1月1日になると、身形を整えて初詣に参ります。
詣でるのは、自宅から徒歩数分のところにあるS山神社という神社です。
神社の入り口には、石工の足立光一氏の手による狛犬の江戸玉獅子が迎えてくれます。そこから急峻な石段を上る途中左手に名古木指定の欅の古木が聳え、上り切った高台にT見川を見下ろして社殿があります。

S山神社の祭神は、諸説あって確定しておりませんが、神社では五十猛尊としております。
この神は、日本神話の中で、私が最も愛好する神のお一人であります。素戔嗚尊の子であり、木々の種を持って天下り、国中に種を植えて回ったので、日本は木々の青々と茂る国になったのだと言われております。

木は、種を植えた時点では育つのか育たないのか知ることはできません。人間であれば、少年の頃に植えても、成木になるのを自分が見られるかどうかはわかりません。
それでも、青々と茂る大八洲の国を夢見て植え続ける、私にそんな想像をさせる五十猛尊が好きなのです。

物事というのは、努力しなければ報いられないと人は言います。
しかし、報いられよう報いられまいと、つまり結果に捕らわれずに、自らがやるべきと信ずることはやる。例えそれが、自らの不利益になるようなことがあってもやる。それをする者かしない者かで、人間はまず二種類に分かれると私は思っています。

dw08

マキァベリは、君主論を執筆する時、そのための瞑想をする時には必ず正装したと言われています。自分にとって最も大切で尊い行為をする時に、その心を身形で表したのでしょう。
世間から遠ざけられた、誰ひとり語る者の無いあづま屋で、一人正装するその行為を馬鹿馬鹿しい無駄をする者だと思うか、素敵なことだと思うか・・・。

日本国中に種を植え続けた五十猛尊。私もまた植え続ける人間であるために、自らがやるべきと信ずることはやる人間であり続けるために、それを神に誓うのではなく、神の前で自らの意思を確かめより強めるために、私は身形を整えて神前に参るのです。
スポンサーサイト
検索フォーム
リンク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。