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ジョージとエドワード。

アカデミー賞四部門獲得で話題になっている、「英国王のスピーチ」という映画が公開されます。
現英国女王、エリザベス二世の御父君であられるジョージ六世の物語です。
ジョージ六世という王様は、「王冠を賭けた恋」のエドワード八世ことウインザー公と、現女王陛下の間に挟まれた治世で、日本人にとってはイマイチ存在感に欠ける英国王ですが、私は、ウインザー公よりもジョージ六世を敬愛しております。
確かに、ウインザー公は不世出の洒落者であり、男性服飾史においては大きな貢献をし、「男性が最もエレガントであった時代」といわれる1930年代の牽引者の一人でありましたが、それは結果論で、大胆に見えて実は小心、奔放に見えて実は臆病、朗らかに見えて実は屈折しているウインザー公の人物は、私にはどうしても敬愛できません。
映画のメインテーマになりますが、ジョージ六世は重度の吃音症がありました。幼少期に左利きとX脚の強引な矯正による過度なストレスが原因であると言われています。兄のウインザー公は、弟のこの苦難に対して冷淡で嘲笑的であり、時に苦痛のあまり泣き叫ぶ弟をからかい、いじめました。自らが、少年時代の学校ではいじめられっ子であったウインザー公が・・・、と少々驚かされる事実ですね。

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ジョージ六世の装いには、ウインザー公のような華麗さや驚き、そしてギリギリの上品さというスリリングな部分はありませんが、逆に、ウインザー公には無い端正さ、高貴さ、そして安定感があると思います。
それは、自らが背負わされた重い義務から逃げ続けた者と、苦痛に耐えて敵わぬまでも奮闘した者との違いなのではないかと、私は思っています。
寡黙で、病弱であり、社交嫌いであったジョージ六世は、兄ウインザー公の無責任な王位放棄によって、国王という望まぬ重責を背負うことになりますが、生真面目に誠実に責務をこなし、第二次大戦中には、ロンドンからの疎開を勧める側近の意見を、「国民が生命の危機にあるというのに、君主の私に彼らを見捨てて逃げ出せというのか」と退け、自ら武装してバッキンガムに留まり通しました。このことは、大戦中の英国民を精神的に大きく支え、国民の絶大な支持を受けて善良王と言われました。
これまた、ナチスをはじめ敵対勢力と親密であり、結果的には、間接的に国民の生命を脅かした兄とは対称的な生き方です。

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ジョージ六世の写真を見て、まず印象を強くするのは、その落ち着いた表情です。癇が立たず穏やかで、ゆったりと流れる大河のようで、まさに「成人男子」かくあるべしという表情をなさっています。装いも、その表情の延長線上にあり、わざとハズすなどの奇を衒ったところは微塵もありませんが、丁寧によく吟味された、という印象を受けます。
兄ウインザー公は、時に快活で、時にオドオドとし、時にはにかんだ、子供の様にめまぐるしく表情の変わる方でした。それがまた、公の大きな魅力の一つであったことは確かですが、大人の男としての雄々しさや落ち着きに欠けるといった点は否めないと思います。

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ウインザー公の装いは素晴らしいし素敵だと思います。公のような装いの感性を持てたらなぁ、とも思います。そして、変遷流転極まりない公の人生のように、華麗に、めまぐるしく生きてみたいとも思います。
しかしながら、ジョージ六世とウインザー公、「どちらのような男でありたいか?」と問われれば、私は、ジョージ六世と即答するでしょうし、装いも、具体的に参考にするとすれば、やはり、ジョージ六世だと思います。
己に課せられた苦難に敢然と耐え続け、そのストレスによって縮められたとも言われる56年の短い生涯の中、国を愛し、国民を愛し、妻を愛し、娘たちを愛し、そして、偉大なる治世とまで言われるようになった後継者を育てたジョージ六世に、一人の男性として敬愛の念を捧げてやみません。
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