スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

黒き鬣。

11月に入ってから、いただくブラックタイの招待が増えて来ています。クリスマスくらいまでは、このまま多くなってゆくのだろうと思います。

ここ数年、日本でブラックタイの集いに出向くと、帰りにポロポロと幾つか思うことがあるのです。

・ブラックタイのボウタイは、やっぱり拝絹と共地の黒いシルクサテンがいいと思う。
・ベルベットのタイや、色柄のタイは、よっぽどの人じゃないと・・・、いや、まず素敵に見えないと思う。
・拝絹は、グログランよりやっぱりサテンがいい。日本人の髪にグログロランの拝絹&タイは少し重たいし、やっぱり、質のいいシルクサテンは華やかでありながら落ち着いて、気高く見えるように思う。
・ホーズも、赤いのや紫のを履いてらっしゃる方がたまに見えるが、やはり、黒で薄手のシルクが見目よく見えると思う。
・靴は、カーフでもいいけれど、拝絹と側章とのバランスがあるから、やっぱりパテントが基本かな・・・。カーフを履くなら、ツルツルピカピカにまでする必要はないと思うけれど、少し光るくらいにはポリッシングしておかないと・・・、と思う。
・オペラパンプスは、デッカいけれど幅広で甲高で長さの無い足には似合わないと思う。
・アメリカ人の真似をして、キャップトゥを履くのも、白いタイをするのも、アメリカのアパレルハウスが提案したりしておりますが、なんとなく様になって見えないと思う。ローファーは論外。
・日本の男性は、シャツをクリーニングに出して、パリパリに糊付けする人が多いから、シャツのボタンはドレススタッズの方が合うと思うし、そういうシャツに貝釦は合わないように思う。
・日本の男性は、すぐに座る癖を直した方がいいと思う。長くて精々4~5時間が立っていられないようではちょっと・・・、情けないと思う。

以上、「ポロポロ思う」の箇条書きでした(笑)。

cf01
フォーマルウェアは、逸脱しないことが端正さです。

これは、欧州でもそうですが、フォーマルの集まりで素敵に見える人というのは、セットアップの基準を逸脱しない人が95%以上ですね。奇を衒ったり、変わったことをする人は、一旦は注目されたりしますけれど、人となりに落ち着きが無かったり、すわりの悪い人が多いです。
そもそも、服装を合わせるというのは、そうした申し合わせをすることによって、その集いの権威を高めたり、より充実したものにするためなのですから、なぜ、それを崩そうという気になるのかが、私には理解できません。招待する側からの、ドレスコードの要求が嫌ならば、参加しなければよいだけのことです。そうはせずに、申し入れは無視するけれども、行くことは行く、というのは、皆が楽しんでいるところに割り込んで、他人の楽しみを壊して悦ぶが如き行為と同様のメンタルが内包されていると思います。
もし、自分の個性の周囲と違う部分を発揮したいのならば、ダンスを上達させるとか、楽しい話題を豊富に話せるとかでやって頂いた方が、はるかに健全だと思いますし、周囲の方達へのサービスになると思います。
それに、個性の発揮をモノ(服装)に頼るという発想が、なんとなく卑小で、さもしい感じを受けるのですが・・・。
この種の服というのは、きちんと着るから素敵なのであって、崩せば崩すほど、そこからは遠くなっていくものだと思うのです。どんなことにも例外は存在し、この種のことにも、そうした制約に縛られない感性を天から授けられた人は存在しますが、それはあくまで例外です。例外を一般化して考えるのは、危険ですし、それ以前に愚かな行為です。

af02.jpg
個性の発揮は装いに頼らず、本人の行動で。

よく、タイやカマーバンドをカラフルなものに変えて、純然たるブラックタイ以外に、ダークスーツなどのシーンで着用するようにしたらどうか、という提案を聞くこともありますが、私は、そうは思いません。
ディナーコート(タキシード)に、色柄のタイや、その共地のカマーバンドなどは、基本的に合わないですし、私の経験では、それをして素敵だった人を見た試しがありません。稀に、様になっている方もいらっしゃいますが、その直後に同じ人に対してこうも思うのです。「タイがきちんと黒だったらもっと素敵なのにな。」と。
色柄のボウタイをしたいのなら、ダークスーツに合わせた方が落ち着きますし、ずっと素敵です。それに、参加するフォーマルシーンが少ないから、着用する機会を増やそうとして無理やり組み合わせるのもどうかと・・・。ちょっと、発想が貧しいのではないかと空しさを感じるのですが・・・。

私は、フォーマルにおける男性の黒とは、人間の男性にとっての、黒い鬣のようなものだと思うのです。
想像して頂きたいのです。
黒い鬣をなびかせる獅子の群れの中に、一頭か二頭、鬣を染めたのやブリーチしたの、はたまた、三つ編みにしたのなんかがいたら・・・、なんとなく笑っちゃいますよね(笑)。雰囲気ぶち壊しです。
ブラックタイにおける崩しとは、そういうことなのです。
私は、私自身も、そして、私の周囲の人達にも、颯爽と黒い鬣をなびかせる獅子でありたい、あって欲しいと願っています。

Wardrobeと汁かけ飯。

身に着けるものは、「全て見えるところにあるのがよい」と仰る方が多くいらっしゃいます。まさに、おっしゃる通りだと思います。
ワードローブはそうあるのが望ましく、出来れば陽の光と、薄暗いスペースがあれば、黒と濃紺を間違うことも無く(笑)、なおよいと思います。
しかし、各アイテムを、スーツ、タイ、シャツ、ホーズ、靴と組み合わせて、それごとにセットアップしておくのはどうでしょう? 私は、あまり良いことだとは思いません。そうしておかなければ、そうした組み合わせをチョイスすることが出来ないのだろうか?と疑問に思ってしまいます。
こうした話を聞くと、私は、戦国大名の北条氏康が、息子氏政の汁かけ飯の食べ方を嘆く話を思い出して、ちょっと切なくなってしまいます。

汁かけ飯のエピソードというのは、以下のようなお話です。
北条氏康が息子と食事をした時に、食事の終わりに二人で汁かけ飯をしました。今では、汁かけ飯や茶漬けは、あまり品の無い飯の食べ方だとの印象もありますが、戦国期の武家では、汁かけ飯と湯漬けは、ごく当たり前の飯の食べ方でした。
氏康は、息子の氏政が、飯に汁をかけるのに一回で適量にできず、二回目で適量になって食べ始めたのを見て、「やれやれ、自分が死んだらコイツの代で我が家は終わりだろう。」と嘆いたといいます。
後に家臣が、その理由を氏康に尋ねると、
「物心ついてから今までに、食事は毎日二回(当時は一日二食)、何回となく繰り返してきているのだ。それなのに、よい年齢になっても自分が飯を食べるのに必要な汁の量さえ身に付かないようでは、あいつの代で我が家は潰えるだろう。」
と答えたといいます。
事実、小田原北条氏は氏政の代に豊臣秀吉によって滅ぼされ、氏政は切腹させられてしまいます。

uh01
北条氏康座像

身に着けるものをセットアップしておく、というのは、汁かけ飯にする汁を計量するようなものです。多くの人は二十代前半から、人によってはもっと若い時から、日常身に着けるのですから、どのアイテムを先に決めるかは別として、一つのアイテムを選択したら、無意識に近い状態で残りのアイテムが決まるようでなくては、私は、それが身に付いているとは言えないと思います。
また、例えば、一着のスーツに対して、その人のベストの組み合わせというのは、どんなに多くても、通常五通りは無い筈ですので、少なくとも三十歳を過ぎたら、たまの例外はあるにしても、その日の服装を決めるのにアレコレ悩んだり、時間がかかるというのは、成人男子として未熟であるということ以外なにものでもないと思います。

私は、以前の頁にも書かせて頂いたように、スーツ、シャツ、ネクタイやホーズ、靴の選択に悩むのは、出掛ける前の朝や、前日の夜に男がとるべき行為ではないと思っています。
これも、何度も書きますが、もっと他にやるべきことがあると思っています。身に着けるもので言えば、シャツはきちんとプレスがされているか、トラウザースのクリースはきちんと入っているか、上着にブラシはあたっているか、靴はきちんと磨かれているか、の方がはるかに比重が重いと思います。
身に着けるものを、あれやこれやと考える時間が楽しくて仕方がないんだよ、という方もいらっしゃるでしょう。そういう方は、好きでやっていらっしゃるのですから、どうぞお気の済むまで楽しまれたらよいと思います。
けれども、コレは私の偏見かもしれませんが、それでも私はそうした行為が男らしい行為とは思えません。

勘違いして頂いては困るのですが、アイテムの選択や組み合わせがいい加減でよいと言っている訳ではありません。よい年齢をして、自分にとってベストな、またはそれに近い選択や組み合わせが決まっていない、理解できていないのは、未熟だと言っているのです。それは、自分の事が理解できていないということであって、若ければ言い訳もできますが、そこそこの年齢になっていれば、「いつまで自分探しをやっているの?人生は短いよ。」ということになります。
精神的に、一生をかけて研鑽していくということは厳然と存在すると思います。そうしたことが、その人の装いに影響することも、また大いにあるでしょう。しかし、それを毎日の着る服や履く靴の選択に右往左往することと重ね合わせるのは、間違っていると思いますし、あまりにも卑小だと思います。

kg608
自然な所作や振る舞いは、日々の鍛錬の到達点の一つと言えるかもしれません。

こうしたことは、会食をした時にも時折感じさせられます。
最近の方は、美味しいお店や高級なお店をよくご存知で、食いしん坊の私は、そうした人達と会食するのがとても楽しみです。
そうした知識や情報が敷衍する一方で、きちんと箸が持てる人の数が反比例しています。今では、十人と食事をすれば、六人はまともに箸が持てない人、という統計です(笑)。
私は、あまり神経質な人間ではないので、そうした箸の持ち方を見て、不快になることはありませんが、「こんな美味しい食事を理解できる感性があるのに、お箸の持ち方をきちんと教育されなかったのかかなぁ。」と気の毒に思うと同時に、ちょっぴり日本人として恥ずかしいとも思うのです。
お話は少しずれますが、お子様をお持ちの親御さんは、どうか、きちんとお箸を持てるように教えて差し上げて下さい。毎日のことだというだけで、難しいことではないと思いますので。

所作や振る舞いというのは、あくまで自然でなくてはなりません。
こうした話を聞いたからと、人前で箸の持ち方に全神経を遣い、周りの人から気の毒に思われるようでは本末転倒ですし、いかに積み重ねが大事かということだと思います。
つまり、飯に汁をかけるという毎日行う何気ない、つまらないと思える行為にも、おのれのインテリジェンスを動員してこれを行え、ということなのでしょう。戦国大名というのは、毎日そうした緊迫感の中で生きてきたということでしょうね。
日本の伝統技能には、鍛錬と積み重ねによって無意識になり、所作と振る舞いが自然になる、というものが多くあります。茶の湯然り、能然り。
サー・ハーディーによる、私の好きな装いに関する言葉、

A man should look as if he had bought his clothes with intelligence,
put them on with care, and then forgotten all about them.

は、そうしたことをおっしゃっておられるのだと思います。
勘違いされた解釈をしておられる方、多いと思うのですが・・・。

利休とブランメル。

私は、心静かになりたい時に、よくお茶をたてることがあります。
幼少期、じっとしていられない子供であった私は、色々な習い事をさせられ、その多くは、ご教授くださる方達と諍い、続きませんでしたが、何故か、茶道だけは長く続けられました。おかげさまで、名取りを頂くまでになりましたが、私のような子供が、茶道を続けられた理由として、茶道には食事やお菓子が付き物であるということが最大の理由であったことは否めませんが(笑)、その独特の世界観、空気、音、そして、私がなかなかできない所作を、自然に易々と、しかも美しくこなす大人たちに魅された、ということもまた大きかったのです。

日本人で、千利休をご存知ない方は少ないと思います。
侘び茶を確立した人物、茶道を我が国の伝統文化として定着させる基となった人物として、茶道を嗜む人間からは、流派を超えて半神的な扱いをされますが、大茶人と言われる人物は他にもいたというのに、なぜ、利休だったのでしょうか。
唐物や名物といった贅沢な茶器に頼らずに、装飾性を否定し、ある意味禁欲主義的ともいえるやり方で、侘び茶の世界観を表現し得たことなどを理由に挙げる方も多いのですが、私は、それでは説明しきれないものがあると思っています。

rik01
千宗易(利休居士)座像

元々、千利休は、織田信長の抱えた茶人であって、津田宗及、今井宗久とならんで、天下の三宗匠とよばれる茶頭でしたが、この三人の中では末席に近い扱いでした。それが、豊臣秀吉の世となって、秀吉に引き上げられて、ほぼ独占的に彼の茶頭となり、茶の湯に関する唯一のアドバイザーとなりました。千利休の利休というのは、秀吉が仲介し、正親町天皇が勅許した「居士号」です。
秀吉から、「天下一の茶人」と号されたこと。利休の卓越性、天才性、そして工夫、研鑽が、それらをして、茶道=千利休というイメージになったのでしょうか? しかし、私はいずれも、時の流れの長きに渡って、道と名の永続性を得るためには小さ過ぎるものであると思うのです。
利休は、晩年に秀吉と対立、終には切腹を命じられて二人の関係が終わるのは周知のところですが、私は、この対立にこそ、利休が他の茶人達と違い、後世に道と名を遺す大きな理由があると思うのです。

現在でも、文化事業には時間と金がかかります。そのために、多くの芸術家などの表現者は、経済的に富裕で、世の中への影響力も大きい人間をパトロンとして求めます。国家的な事業となれば、必要な力はますます大きく、利休の活動は、秀吉のバックアップ無しに実現することは有り得なかったでしょう。実際、利休以外にも、多くの茶人や画家などが、大名のお抱えとして活動を保証されています。
そして、利休が他の茶人たちと違っていたのは、こと茶道に於いては、その恩人でありパトロンである秀吉に対しても、一切の妥協をしなかったという一点です。この時代、パトロンと正面切って対決した人物は、他にありません。せいぜい、ひとり毒づいて、山野に隠れ住むくらいのものでした。
秀吉が茶室で戯れをして、利休がそれを無かったこととして平然と無視したのは有名なエピソードですが、これ以外にも、秀吉に対して利休は、茶の湯に関しては、「あなた如きが、私と対等にものを言ってもらっては困る」という態度を取り続けます。侘び茶の観念も、豪華絢爛、金ピカ派手派手の秀吉のやり方を対比として、そうした表面的な贅沢よりも、もっと素晴らしい内面世界がちゃんとあり、それが私の侘び茶であるというのを、利休の創した茶室が物語っているように思えます。意地の悪い見方をすれば、利休は、最初から、その侘び茶の観念が表現したいがために、秀吉を成金の俄か茶人に仕立て上げた、ともとれます。

ここまで読んで頂いた皆様は如何でしょうか? ご自分のパトロン、良き理解者であり、スポンサーでもあり、よい人ではあるが、その分野に関しての理解度、研鑽は今一つという人物に、満座の中で面と向かって、「あなた、私の前で解かった風な口きいてもらっちゃあ困りますね」と言えるでしょうか(笑)。
私は、揉め事を推奨して書いている訳ではありません。書きたい事、言いたい事は、自分の追求するものに対する姿勢、気概なのです。
では、皆様が、傍観者の立場からご覧になったら如何でしょう。「御用学者」、現代では、「提灯〇〇」といった言い方もありますが、これは、かなりの皮肉を含んだ言葉です。アイツは、誰々がいてくれたから、ああ成れたんだ。そんな、おもねる人間だと思われている者の表現するものは、いかに素晴らしくても、道などとしては遺らないでしょうし、その人の名前もその他大勢に埋もれていくでしょう。
己の追求する分野に関しては、庇護者と言えども妥協せず許さない。これは、実は表現者にとっては、キモといっていい重要事項なのです。

しかし、そうなると、パトロンも伝家の宝刀を抜かざるを得ません。「どっちが親分か解からせてやる」ということですね。ことに秀吉とっては、茶の湯=己の、つまり日本の政治の一部ですから、自己の権威低下は絶対に避けねばなりません。秀吉の利休に対する難題は、こうして突き付けられたものです。勿論背後に、堺と博多の商人の主導権争い。秀吉配下の、尾張派と近江派の勢力争い等、色々な事象が複雑に絡み合ってはいますが、根本的には、「俺の羽根の下で、俺の言うとおり、俺が満足するようにきちんとやれ」ということです。
これに対して、利休は、秀吉のそうした本音の部分は無視して、事実と反することには事例を挙げて説明し、感情的な言い訳は一切しませんでした。「どうぞやりたいようになさって下さい、でも、私を思ったようにはできませんよ」という訳です。
この頃になると、秀吉の行動は実に歯切れが悪く、逆に、利休はヤケクソなのかと思う程思い切りよく行動しています。最終的に、利休を殺すことを視野に入れなければならなくなると、秀吉は明らかに困惑し、正妻の北の政所や徳川家康に嘆いたという記録があります。そして利休は、北の政所から、とりなし役を引き受けるから、という知らせが来ても、「私には、おとりなし頂くようなことは何一つない」と、これを拒絶し、自身の死を確定させるのです。

もし、この段階で、利休が命惜しさに秀吉の袖にすがったら、やはり、利休はその他大勢になってしまっていたことでしょう。これも、意地の悪い見方ですが、最終段階で、利休は自身の死が侘び茶に於いてどういう成果をもたらすか、ということに気が付いていたのではないでしょうか。
この、自身の死によって利休は、己の「情熱、努力、工夫、研鑽、克己」が自身の命と等価であるか、それ以上のものであると表現し得たのです。よく、「~は、私の命です」という言い方がされますが、こうして、それを地でいく人間は滅多にいるものではありません。
当時の人々も、利休の死の本質がそこにあることは気が付いていたのではないかと思います。だからこそ、茶道は時を超えて、日本の伝統の流儀の一つとして確立し、千利休の名を現代の私達にまで広く知らしめているのだと、私は確信しています。

私が、本質的に同じタイプの人物だと感じる人間が、英国にもおります。ジョージ・ブライアン・ブランメルです。
今日に至るまで、男服の基本概念を確立したといわれるブランメルは、その身嗜みによって、時の英国々王ジョージ四世に見出され、王の側近となりましたが、やはり、その身嗜みに関しては、パトロンであったジョージ四世に対しても妥協せず、時に辛辣でありました。肥満した王に、「おい、ビッグベン、従者を呼べ」などと言ったのは伝説であり、事実ではないと思いますが、その伝説の元になるような、時にはかなり際どい物言いはしたのではないかと思われます。

ブランメルの時代というのは、それ以前の絢爛豪華で色も多彩、デブが偉そうに見える男服が消えていく頃。ブランメルが纏った衣服は、黒やブルーに白というモノトーンに近い組み合わせで、素材を吟味し、仕立ても身体にフィットするものでした。やはり、身嗜みに「情熱、努力、工夫、研鑽、克己」を必要とする服装で、絢爛豪華を背景にその対比として登場してきた点は、利休と共通するものがあります。
利休も、常に墨染めの衣に宗匠頭巾でしたし、この二人が、「Simple is beautiful.」を胸に持っていたことは間違いないと思います。

br_01
ジョージ・ブライアン・ブランメル

ブランメルもやがて、ジョージ四世と訣別することになりますが、落ちぶれて借金苦に喘ぐブランメルに、ジョージ四世は、カーンの領事職を世話しようと手を差し伸べます。喘ぐという言葉は、ブランメルに失礼でした(笑)。きっと、「別に喘いでなんておらんよ」と言われてしまうでしょう。もし、ここで、ブランメルが差し出された国王の手を握ってしまったら、おそらく、ブランメルの名は今日まで遺らなかったでしょう。差し伸べた手を払い除けた台詞のニュアンスがまた、利休にとても似ているのです。曰く、「そんな役職は存在自体が無駄だ」(笑)。
これで、ブランメルは投獄されることになり、その晩年は、傍観者の立場から見れば、惨めで寂しいものでした。しかし、これによってブランメルは、彼が追及したものが、今日なお彼を始祖とするものだと仰がれる名を手に入れたのです。

利休とブランメル。この二人は、何かを創造する人間、表現する人間に、二つの啓示を与えていると思います。それは、「徒手空拳で、己の能力と才能だけで世に何かを為そうというものは、最大の協力者にこそ妥協してはならない」ということと、「それによって生じる自己の破滅を逃れようとしたら何事も為せない」ということです。自分が大切に思うことを貫くということは、時にそうしたリスクをも伴うものなのです。
そんなものに何の意味がある、と思われる方もいらっしゃるでしょう。確かに、そういう見方もあり、いや、世の中ではそういう見方の方が多数派なのでしょう。しかし、ならばバイロンのような人間が、「ボナパルト(ナポレオン)になるより、ブランメルになりたい」などと評するでしょうか。
やはり私は、日々、つつがなく行きたいと願う反面、利休とブランメルのような生き方もまた、立派なものだな、と感じざるを得ませんし、そういった気概を持って生きたいものだと思うのです。

利休の辞世、
「堤る我得具足の一太刀今此時ぞ天に抛」
お読みになれるでしょうか?
「ひっさぐる わがえぐそくのひとつたち 今この時ぞ天になげうつ」
この辞世に、皆様は何をお感じになるでしょうか?
そして、ブランメルがもし、利休の創った茶室にいたら、そこに何を感じるでしょうか?
霜月初め、薄茶の苦みと甘みを噛みしめながら・・・。

あし・アシ・足。

私の足は、不経済な足なのです(笑)。
足の形はギリシャ型で、英国サイズで6くらい。幅はBあるかないか。おまけに、自転車だのボクシングだのダンスだのと、爪先を使うスポーツをしますので、土踏まずの抉れが異様に深いのです。英国の某JCで初めて誂えた折に、J・カーネラ氏が私の足の外周をなぞり、それから土踏まずをなぞる時に、三度、もっと抉ってくれとリクエストしました。が、仮縫いの時に、彼曰く「もっと抉った方がいいな」・・・(笑)。
なので、やりたがりで自己顕示欲の強い靴屋に任せると、かのガジ・ガリも恐れおののくようなクビレまくった靴が出来上がってしまいます。一部の方(最近は大部分でしょうか?・笑)は、泣いて悦ぶかもしれませんが、私はああいった、女性のパンプスじみた、女が履くのか男が履くのか判らん様な靴は大嫌いなのです。ああいったものをエレガントだとか、美しいという人の気が知れません。言い方は悪いかもしれませんが、欧米や日本で、ある一定の身分以上の方が集まる場所では、そんな極端な靴を履いている方を見たことがありません。
その点で、靴というのは難しいアイテムだと思います。きちんと手入れがされていなければ、だらしない印象になってしまいますが、造作も手入れも、やり過ぎると全体のバランスを一番崩しやすい代物です。靴ばっかりが目立っても仕方がないですからね。「過ぎたるは及ばざるが如し」を地でいくアイテムだと思います。

w010.jpg
かの公爵様ですら、素材・色はともかく、あんまり極端な形の靴はお履きになっていらっしゃいません(笑)。

少しお話の方向がズレましたが(笑)、革靴はまだいいのです、誂えがありますから。私が本当に苦労しているのは、実は、スポーツシューズなのです。国内で販売されている性能の良いものは、まず、足に合いません。アメリカでは、大きさの点でサイズがなかなかありません。欧州に出かけた折に購入してきますが、やはり、スポーツシューズは、日本かアメリカがよいような気がします。明らかに造りや材質が一段違います。特に、サイクルシューズは、欧州の本社のものより、日本のOEMの方が、全ての点で数段上を行きます。
私が、こうした日本のスポーツシューズの恩恵を得る為には、インソールを別注し、足にテーピングを施し、薄手のソックスの枚数で調整したりすることが必須です。それでも、ジョギングなどがハードになると、時折、親指や中指の爪が、真っ黒になります。爬虫類が脱皮するように、爪を何枚も取り換えているのは、私くらいのものではないでしょうか(笑)。

cs001.jpg
こういう視線で人を見る方、そう多くはいらっしゃらないと思うのですが・・・(苦笑)。

所謂、ダンビロの足で、革靴がカッコよくないと嘆く友人は、「いいなぁ、細い足で」などとのたまいますが、なに、君の足元なんぞは、他人は君が思っている程に見ていやしませんよ。しかし、あなた達は、ジョギングする時に憂鬱な気持ちになんてなったことが無いでしょう? 足については、私の方がよっぽど何倍も気の毒なんですよ(笑)。

Wide - Pin stripe as Black。

40歳になったら、濃紺に白チョークストライプのフランネのルスーツと、漆黒に幅広のピンストライプのスーツを着ようと思っていました。
チョークストライプの方は、思っていた年齢になってから、あまり時を経ずにイメージ通りの生地が見つかりましたが、ピンストライプは時間がかかりました。
私のイメージしておりました生地は、地色が黒かオックスフォードグレイ。ストライプの幅は、最低1inch以上、出来れば3cm以上で、ストライプの色はシルバーグレイというものです。
ところが、これがなかなか見つかりません。まず、地色が軽い。私が欲している黒かオックスフォードグレイとは、色にフォーマルに使われる生地レベルの深みがあるもの。ところが、スーツ用の生地になってストライプが入ると、どうも軽くて、奥行きが無いのです。
そして、ストライプは、1cm幅くらいのピンストライプの生地に見られる点線の太さ、強さで、10mも離れれば、遠目には完全に無地に見えるもの。
しかし、こちらも、ストライプの幅が広くなると線も太くなってしまい、控えめな華やかさからも、中庸な品の良さからも、程遠いと思うものばかりでした。
失意の年月を重ねましたが、ようやく、自分の想いとほぼ合致する生地を入手できましたので、やっと仕立て始めることが出来ました。

pin00

上の写真の生地は、オックスフォードグレイにシルバーグレイのピンストライプ、ストライプの幅は約3.3cm、線の強さ、太さも、ほぼ私のイメージ通りです。写真の腕前が拙く、お解り頂けないのが残念ですが、特筆すべきは生地の地色の、その奥行きの深さです。黒系の生地は、すべからくこうあって欲しいというトーンなのです。地色の素性の良さが、ストライプを浮かせずに受け止めており、なんともいえない落ち着いた華やかさがあります。ヨークシャーで織られたデッドストックで、目付が13ozの生地です。
これが、英国を主に着用するのでしたら、地色は濃紺系もまた良いのですが、私のメインステージである、欧州のやや東寄りでは、無地でないならば、何と言ってもこういう地色が合うのです。仕立てて頂くのは、勿論、「私の仕立て屋さん」、Nさんです。

pin02

仮縫いの写真で、トラウザースとベストを着用したところです。今回のトラウザースは、カフ付きです。スーツの仕様はいつもと同じ、ダブルブレステッドの三つ揃いですが、この先スーツは、ほぼ全てこの仕様でしょうね。私には、最も相性のよい仕様のようです。
2~3m離れて写真を撮って頂いていますが、もうストライプがかなり淡くなっているのがおわかり頂けると思います。

pin04

上着を着用した写真です。ピンストライプのスーツが、他のストライプのものと最も違う点は、端正さだと思います。地色、ストライプの幅、強さ、太さ、色の選択を誤ると、ピンストライプ特有の端正さは生きないでしょう。例えば、この生地で、ストライプの色だけがベージュやライトブラウンだと、もっと雑駁な印象になると思います。
私は、幅がミリ単位の、細いピンストライプのウーステッド生地で、シングルブレステッドに仕立てられたスーツが好きではありません。あれは、日本人が着るとなんとなく貧相で、いつまでも他人に顎で使われている事務員のような虚弱さが際立ってしまうようで・・・。私の偏見かもしれませんが、私にはそう見えるのです(笑)。

pin05.jpg

上着部分のアップです。上着の各部の仕様は、ハイアームのローブドショルダー、サイドポケットは玉縁に水平フラップなど、やはり、いつもと同じ仕様ですが、ラペルの幅を、広めのストライプに合わせて、ほんの少しだけ広くしています。私は、Nさんの胸と肩の造りが大好きなのです。とてもナチュラルで、男性らしいラインを造って下さるし、ストレスフリーと言っていいくらい着心地がいいのです。私の体型との相性がよいのか、「素敵な服を着るための我慢」というものは、私の場合は皆無です(笑)。

pin03

背中側の写真です。今回は、サイドベンツに致します。最初の仮縫いで、まだまだこれから最適化していくのに、もうこんなに・・・。ご苦労様です。以前の記事で何度も書かせて頂きましたが、肩甲骨周りの筋肉が盛り上がっていて、ウエストとのギャップが大きい私の背中は、ややこしいのです。最近私の上着は、納品まで「背丸君」というコードネームで呼ばれているとか・・・(笑)

pin06

仕立てに関して、Nさんの仕立ての特長を顕わすのが、この着席した写真でしょう。Nさんの仕立てるスーツは、一見、構築的で、身体に相当フィットさせているように見えますが、しかし、動作に対するマージンは、とても大きいのです。釦を掛けて着席しても、上着のシルエットが、まったく不自然に乱れないのがおわかりになると思います。以前の記事でも、着席した写真をご覧になると、同じように自然なシルエットを維持しているのがおわかりになると思います。立って釦を掛けた時でないとシルエットが完成せず、釦を外すと、パーンと上着が下部に向けて「ハの字」に開いてしまう、タイトなだけの見せかけの誂えとは違うのです。

ずっとイメージしていただけに、仕立て上がったこの服に袖を通すのが今から楽しみです。来年の、Vフィルのニューイヤーコンサートの時に、ダークスーツは、これを持って行くとしましょうか。いえいえ、決して仕立てる方にプレッシャーをかけている訳ではございませんので(笑)。

カシミア・カシミア -3-。

私は、カシミアが好きです。
そして、カシミアとシルクは繊維の王だと思っています。それは、光沢や質感について常に、「カシミアのような・・・」とか、「シルクのような・・・」という例えがなされることが証明していると思います。
良質のカシミアは、コートでも、ニットでも、ホーズでも素晴らしいものですが、個人的に最も向いているのはスーツだと思っています。冬暖かくて、夏涼しく、同じ織り方、目付で、一年を通して着られる期間が最も長いのではないでしょうか。もっとも、そうしたスーツを仕立てるには、その使用に耐えうる優れた原毛・紡績・織りの生地が必要で、今現在、なかなか手に入れられるものではないことも確かですが・・・。
私自身、約三十年仕立服をアレコレして来ておりますが、やはり、カシミアは最も好きな生地の一つです。

mm08
N氏に仕立てて頂いたカシミアのスーツ。トライングオン1

しかし、最近では、カシミアは不当に低く評価されている気がします。粗悪な低級品の氾濫や、所謂テレビジョンセレブと言われる品の無い人達が、お金にあかせて身に付けるもの、といったイメージが評価を低くしているのは、或る面で仕方の無いことと思いますが、一部の服飾業界の方達や服装に拘る方達が、カシミアのコートやジャケットを異端と冷笑する傾向には同意しかねます。
確かに、ガーズコートやピーコート、ポロコートなどは、元々カシミア地ではありませんでしたし、シングルブレステッドにしろダブルブレステッドにしろ、ブレザーもそうでした。そうした元来の素材で仕立てられたものに、特有の機能美があり、着込むことによって独特の着感が出る、などの様々な美点があるのは理解しますし、私もそれを愛しますが、あまりにその面を強調し過ぎるのは如何なものでしょうか?
亜熱帯に近い気候になった日本で、今よりずっと寒かった英国の冬素材を使うことが機能的でしょうか? 軍人が雨の中を歩き回り、作業をするという状況に耐えうる生地が、現在の日本のエグゼクティブに必要でしょうか?
服はまず快適であるべきであり、「着用する人間の状況に合わせて」機能的であるべきだと思います。

mm09
N氏に仕立てて頂いたカシミアのスーツ。トライングオン2
色と光沢と質感のバランスが素晴らしい生地だと思います。


好きで着る事や、原理主義的なものを否定はしませんが、そうした方達は、自分の路線と違うものを路線上と同じレベルで試した上でのお話なのでしょうか?
釣りに例えれば、「鮎に始まり鮎に終わる」とか「鮒に始まり鮒に終わる」と申しますが、それは、鮎や鮒と同じレベルで、他の魚や釣法も追求し、最終的にやはり鮎や鮒がよい、となることです。友竿しか握ったことが無いのに、「鮎に始まり鮎に終わる」を気取って、鮎だ、鮎だと騒いでいるのは、個人的な面では微笑ましいですが、一人静かにやって頂きたいものです。その知識や経験値は、自分以外の人間に何かを言えるレベルのものではないのですから。

mm10
N氏に仕立てて頂いたカシミアのスーツ。トライングオン3
N氏はいつも、背中を男らしい美しさに仕立ててくれます。


カシミアの光沢は独特で、ヌメ感とか、濡れた様なと例えられますが、特有の華やかさがあると思います。
私は、ダークスーツでも比較的格式のある、ブラックタイではないけれども、そこそこフォーマル感のある集いなどで着用するのが好きなのです。その光沢の華やかさが、そうした場面によく合うと思うのです。しかし、この光沢は、品質が落ちるほど品の無いものになっていきますので、あくまでも上質なものでのお話で、その点、注意が必要です。
質感については、個人の好みが優先されると思いますが、元々軽い素材なので、スーツに仕立てる生地としては、あまり軽いものは向かないと思います。繊維長が長いものを使っていて、握ると生地に腰が感じられて、打ち込みが多く、目付もある程度あるものが良いと思います。具体的なウエイトで、320~330gくらいでしょうか。許されれば、生地の端に親指か人差し指を押し付けて、グリグリとおやりになってみて下さい(笑)。それで、毛羽だったり、へこみができるような生地は、スーツは無理だと思われた方が無難です。
良いものに出会う機会を得ることが困難で、紛い物レベルの生地も多いカシミアですが、コレは!というものに出会った折には、清水の舞台から飛び降りることをお勧めしたいですね。俗な表現で恐縮ですが、この、泥パックの中に全身を包んだような、甘やかな快感を、お好きな方には是非追求して頂きたいと思います。

何を着ても、どう着こなしても。

最近では、弊ブログにも、定期的にご覧頂く読者の方が少なからずいらっしゃって、大変ありがたく思っております。この様な、拙い備忘録的ブログが、どなたかのお役に立っているならば、嬉しい限りでございます。
また、スーツやジャケット等の着方や手入れの仕方について、多くのご質問のメールを頂戴するようになりました。
今回は、最近多くのご質問を頂く、着るものの選択と着方について、私なりの簡単な意見を書かせて頂きます。
着るものの選択については、銀行とかお役所などの、所謂カタイお勤めの方から、派手な・・・、例えばピンクのシャツやタイは避けるべきかといった類のお話、また、着方については、お仕事のカタイ・ヤワラカイに限らず、普段着たことの無いものにチャレンジしたいが、経験が無いだけに失敗するのでは?と不安、といったお話が最も多くありました。

私の意見は、「お好きになさればよろしいでしょう。」です。但し、ご自分が相手の立場に立って、不快と感じることはなさらないこと、これに尽きます。

それだけでは、些か乱暴な申し上げ様ですので、以下、補足として書かせて頂きます。
どんな人でも、服装をみっともなく、みすぼらしくしたいと思う方はいない筈です。服装に於いて、何かのチャレンジをしたい、と思うことは、そういった向上心の顕れとも見ることが出来、決して悪いことではありません。
しかしながら、自分の服装について興味や疑問を持ち始めた人々には、それを商売にする人や、ゴルフの教えたがりの先輩達のお話の様な「罠」が待ち受けています(笑)。
どこかでお聞きになったことが無いでしょうか? 日本の政治家や経営者の服装が、如何に出鱈目で、世界のVIP(笑)に馬鹿にされている、というようなお話。本当だと思いますか?
確かに、政治家や、役人、経営者の服装の「多く」は、褒められたものではないと思います。しかしながら、馬鹿にされている、というのは嘘になります。「なんか妙だな。」とか「変わった奴だな。」程度の認識でしょう。ちょうど、外国人の観光客が、着慣れない和服を着ているのを見た日本人が、心の中で思う評価と同じレベルでしょう。そういうところを、服飾を商売にする人達や、所謂、服飾ゴロの人達は、自身のコンプレックスを少々投映しながら、商売のために歪曲し、拡大するのです。「人はパンのみによって・・・」を「パン無し」にしてしまうのです。異常に外国を持ち上げ、自国を卑下するこの行為が、私は大嫌いです。

in001.jpg

着こなしをはじめとする、生活の素晴らしいスタイルの実例として、しばしば、欧州の貴族王族が取り上げられますが、彼らの多くは、「自分のスタイル」などは持っていません。執事などが、つまり他人が整えた服装を着ているだけの人間が多いのです。スタイルというよりも、「一族もしくは国の伝統の一部」なのです。無論、その中にも、自分の好みを持っている方と、全く無い方、という違いは有りますが、ウインザー公の様な人は例外中の例外です。しかしながら、公は、服装が自らの存在意義を示すものでもあり、自身の関わるビジネスとも密接な繋がりがあったから、あのようにならざるを得なかった、という見方もあります。それに、雲上人達は、相手の事などあまり気にしているものではありません。彼等の集まりに入ると、同じような格好をしていても、微妙に同じになってはいなくて、それで部外者が勝手に委縮してしまう、というケースが殆どです。

要は、「たかが服装」。おおらかに、好きなものを好きなように着ればよいのです。
ピンクのシャツを着て、仕事上差支えが出ても、それは、「自身の選択の結果」なのです。いい目が出ることもあれば、そうでない時も当然あるものです。一つの選択をするという事は、その結果に伴う負の面、つまり、リスクともセットです。そうした「選択」と「決断」の積み重ねが、経験値になるのです。それでは、大人として社会人としてあまりに乱暴だ、とお考えであれば、恋人や連れ合いとのデートの時にでも始められれば如何でしょう? 「あら、ピンクのタイ? 珍しいわね。」とか、言われるようであれば、「まだまだだな。」と思えばいいのです(笑)。
逆説的な意味も含めて、所詮、服装などというものは、その程度のものなのです。つまらない人間を魅力的にしたり、身長を20cm伸ばしたり、醜男をハンサムにする力は無いのです。
それよりも、清潔で草臥れていないシャツ、皺の無い、ピッとクリースの入ったパンツ、きちんと手入れされた靴、そういった「身だしなみ」に気を付けるべき点が多いと思います。他人が、好悪、快・不快を印象付けられる服装の要素と言えば、まずこれでしょう。
どなたかは忘れましたが、スーツ関係の方が、「どのスーツにどんなシャツとタイを合わせ、どんな靴を履くかは、服装について男性が朝考えるべき事ではない。上着にブラシがあたっているか、パンツのクリースはきちんと入っているか、靴はちゃんと磨かれているかを考えるべきだ」という事を書かれているのを記憶しています。きちんとした方もいらっしゃるのだなぁ、と嬉しくなったことを覚えております(笑)。

fs001

さて、「たかが」とくれば、「されど」。そう、如何に頑張ろうとも、努力しようとも、どうにもならない経験値の違いです。服装の素敵さには、そうしたものが絶対的にあるのです。それは、茶の湯の作法の様なもので、長年の経験で身に付いているから、所作も自然で、時に崩れた時のリカバリーも自然、また、意図的なルール破りも自然にできる訳です。『自分の問題とルール』の頁でも書かせて頂きましたが、経験値の無い者が、こうした伝統やルールについてにわか仕込みをし、「守ろう守ろう」と必死になっている姿ほど滑稽なものはありません。決して、無知がよいという事ではありませんが、経験値については過度に意識せずに、なるべく闊達にご自身の経験を積んでゆかれることをお勧めします。これを過度に意識させ、皆さんのお財布の中身を減らそうという人間が、世間にはたくさんおりますから(笑)。
ご自身の選択と、判断と、責任で、気負わず気楽に、自意識過剰にならず、劣等感に苛まれず、楽しく、しかし、思いやりのある優しい服装をなさって頂きたいと思います。そういった配慮は、洋の東西を問わず、何処ででも周囲に通じるものです。
そして、間違っても、多くの洋服屋さんの店員さんのような、元は山出しのアンちゃんの虚言を容れられることの無いようにと、心から祈って止みません(笑)。

遥かなるアイリッシュリネン。

私の祖父は、その生涯で数着のリネンのスーツを着ました。英国仕立てのそのスーツは、淡いシャンパンゴールドで柔らかな光沢があり、しなやかで涼し気に見えました。幼い私が、祖父にその話をしますと、祖父は、「アイリッシュリネンという生地の服である」という意味のことを答えてくれたのを記憶しています。私は、祖父がアイリッシュリネンの服を着る、初夏の衣替えを楽しみに思い、自分が大人になったら、絶対にアイリッシュリネンのスーツを着るんだ、と心に決めていました。その思いは、いまだに変わっておりません。
しかし、今の私は、アイリッシュリネンのスーツを所有しておりません。その理由は、アイリッシュリネンというものが世の中から無くなってしまったからです。

大人になってからの私が出会った、「アイリッシュリネンと称されている」リネンは、硬くゴワつき、光沢があっても無機的で、しなやかさが欠片も無い、私が知っている、そして憧れたアイリッシュリネンとは、全くの別物ばかりでした。
アイリッシュリネンが、世の中から消えて行ってしまった、その理由は、オイルショックにありました。オイルショックで、世界的に高級品の買い控えが蔓延したことの影響で、北アイルランドのリネン紡績工業は急速に収縮していくのです。紡績会社が登記上姿を消していくのは、90年代後半から2000年代初頭ですが、実際にはリネンの紡績は80年代初頭には全く行われなくなり、原料となるフラックスの栽培は、その更に以前から行われなくなっていたのです。

ここまで読まれた方には、「そうは言っても、アイリッシュリネンなんて今でもあるじゃないか。」と思われるかも知れません。確かに、アイリッシュリネンという名称の商品は多く存在します。多くの仕立て屋さんや、アパレルメーカーが良品として推す、S・B社のアイリッシュリネンなどは、今現在、普通に手に入るリネンとしては良品なのかもしれません。しかし、私はそれらがアイリッシュリネンと称されることには異議があります。それらのリネンは、フランスやベルギーで栽培されたフラックスを中国やイタリアで紡績し、イタリアやアイルランドで生地にしたものなのです。
サビルロゥのテーラーGの、今は亡きR・G会長も、80年代後半にお会いした折りにおっしゃっていました。「アイリッシュリネンというのは、名称が継承されているだけで、服地としての原材料や生産過程に実態が無い。」と。
本来、アイリッシュリネンとは、北アイルランドで栽培されたフラックスを、北アイルランドで糸に紡いだものをそう呼ぶのです。品質が同等ならば小さな問題かもしれません。しかし、その品質が決定的に違うのです。北アイルランドの小さな地域が、数百年にわたって欧州でリネン生産の聖地となっていたのは、伊達ではないのです。

その違いを具体的に述べると、まず、生成りの色が違います。一般に生成りというと、黄色がかったオフホワイトを想像しますが、現在のリネンの生成りというのは、下の写真のような、グレーベージュといった感じの色です。

ln01
生成りのリネン

色に関しては、生地質の良し悪しとは関係ありませんが、原材料の色が、このような色だということです。現在、世間の服や生地で見る「生成り」は、この色の糸、乃至は生地を、脱・染色した「生成り色」で、生成りのリネンではないということです。
生地質としては、シャリ感が有って、ウールやコットンと比べると、硬いという感じで、皆さんがリネンと言って思い浮かべる質感でしょう。勿論、良質のものをエージングすればしなやかさも出て来ますし、長持ちもします。
リネンとはこういうものです、と言われれば、それに意義はありません。その通りだからです。

しかし、アイリッシュリネンと言うと、お話が別です。
生成りの色が、淡くクリーミーなシャンパンゴールドですし、生地がしなやかです。北アイルランドで栽培されたフラックスで、北アイルランドで糸に紡がれないと、という理由がそこにあります。その質感は他のリネンよりも、硬めのシルクに近いものがある、と例えると解かり易いでしょうか。そう考えると、アイリッシュリネンとデュピオーニシルクの生地が、同じような季節とシチュエーションで用いられる理由が解かるような気もします。

ln02
真正アイリッシュリネンの生成り糸

上の写真は、40年近く前に紡がれた、真正のアイリッシュリネンの生成りの糸です。最初の写真と比べて、色の違いがよくおわかりになるかと思います。これが、アイリッシュリネンの色なのです。ちなみに、生成りというのは、人工的な脱色や染色をしませんから、原材料の色が殆どそのまま出て来ます。したがって、その年の作付によって、全て色が違います。良い年もあれば、そうでない年もあり、良い年のものだけで特級品を織るのか、ブレンドして品質を安定させるのか、などが織元さんの特色の一つになるのでしょう。
それにしても、美しい色だと思います。子供の頃の記憶が甦る想いがします。

現在のリネンに対するアイリッシュリネンのもう一つの特長は、生地のしなやかさです。これは、データを取った訳ではないので、あくまで想像ですが、繊維長が長く、繊維自体が他のリネンに比べてしなやかなのではないかと思います。

ln03.jpg
ガーゼ生地に織り上げられストールになったアイリッシュリネン

上の写真は、ストールになったアイリッシュリネンです。そのしなやかさがご想像できると思います。通常のリネンでしたら、ストールにするなど考えられないことですね。せいぜい、そのざっくりした質感を生かして、夏のタイなどにするくらいではないでしょうか。
しなやかな糸は、織り上げるのも難しく、特に、スーツなどに使う高密度の生地に織り上げるには、技術と時間が必要なのです。
高速織機が使えず、昔ながらのシャトル織機で織るとすれば、一日で数mから十数mしか織れませんから、世界的に景気が落ち込み、また、何事にもスピードが求められるような世の中になるとともに、終焉を迎えたというのも解からないではありませんね。

現行のリネンを、流通関係そのままに、「アイリッシュリネン」と言える仕立て屋さんやアパレル関係の方達は、上記の事を知らないか、商売上の事由で、消費者には黙っているということなのです。私には、どちらも大変遺憾なことに思われます。後者のような考え方をする人間などはお話になりませんし、前者には、悪意は無くても、スペシャリストとしての基本的な知識の欠如を寂しく思います。吾が国は、技術立国であると信じる私は、自分も含めて、技術者というものは、その専門分野に関して知らないということがあってはならない、また、そうなるために、常に努力していなければならないと思っています。
真正のアイリッシュリネンというものは、現在では、ビンテージの生地、もしくは糸しか存在しないのです。顧客側の皆様には、是非、そのことを知って頂いて、納得の上でご購入頂きたいものと思っています。

さて、弊ブログでは、これまでこのような記事を書かせて頂いた際は、その生地が私の元へやって来るという前振りでもありましたが、今回はどうなのでしょう??? 乞う、ご期待であります(笑)!

アイドルも、カリスマも。

一昔前は、自分が、その人物の真似をするくらい贔屓にする存在を、アイドルと言いました。現在では、カリスマなんちゃらという言い方もあれば、畏れ多くも、「誰それは神!」と神格化されたりも致します。
一般的に、服を誂える日本の男性諸氏には、この傾向が著しく強いということが言えると思います。教養のある方が多いので、アイドルのカリスマのと表だって騒ぎ立てたりはしませんが、行動はその分更にラジカルです。
自分が入れ込む人物と同じ仕立て屋さんに服を依頼するために、わざわざ海を渡って行ったり、その服のディテールを、ミリ単位で仕立て屋さんに再現させようとしたりします。
彼等が憧れる人物は皆、私も確かに素敵だと思います。しかし、こうした行為に熱心な方達の多くは、体型や顔立ちが、憧れた人物とはかけ離れている場合が殆どです。どうせなら、なぜ、自分に似た体型、顔立ちの人物を選ばないのかが、私には不思議でなりません。また、彼等は、肉体を造り上げようという、かつての三島由紀夫のような意欲も希薄で、ひたすら服のディテールでそれをカバーすることを希み、仕立て屋さんは能力という範疇を超えた魔法使いであることを要求されます。身長が170cmもない痩せぎすの人に、190cmで胸囲が1m以上もある人と同じディテールを体格比率で修正した服を作って、同じようになれる訳がありません(笑)。
私は仕立て屋さんで、そうした顧客の方と、お互いの贔屓の人物紹介みたいなことが一種の社交になるのが好きではありません。勿論、私にも好もしく思う公人や芸能人はいます。曰く、公人では、先だっての記事にも書かせて頂いた、ジョージ六世、カミラさんとご結婚なさる前のチャールズ王太子、プリンス時代のウインザー公。芸能人では、ゲイリー・クーパー、ジャック・ブキャナン、フレッド・アステア。などなど。

co01
それは、まぁ、誰が見ても素敵ですが・・・(笑)

しかし私は、彼等の真似をしたこともありませんし、彼らになりたいとも思いません。自分の在り方というものの完成度を上げるための参考資料、といった書き方が適切かもしれません。ちょうど、手紙でキケロに関した論争をしたポリツィアーノのように。曰く、「あなたは、キケロに関して学んだ私が、全くキケロと似ていないではないかと言う。しかし、まずもって私はキケロではないのだ。そして、キケロを知ることによって私は私自身をより深く知ることが出来たのだ。」これに尽きます。
私は、自分の装いに、アイドルもカリスマもいません。ジョージ六世やクーパーになりたいとも思わないし、なる必要もありません。彼等のように私が素敵になりたければ、私は今以上に私らしく、私そのものにならなければならないと思っています。
自分なりに、自分らしく。どんなメディアでも、日に一回はお目にかかるような言葉ですが、それだけ日本人には苦手とされていることなのでしょう。日本人は、何か実質的な利害が関わり、一旦心を割り切れば現実的なのですが、そうでないと意外と夢想家というか子供のようで、ことに男性は、服装に関してこの在り様が顕著です。解かり易く書かせて頂くと、『好き』と『得手』の区別がついていないのです。「好き」だから似合うとは限らない、この単純な理屈が理解できていないのです。
そして、昨今の人達は、人間のあらゆる義務の中で、最も大切で最も高尚なものから、意識的なのか無意識なのかは解りかねますが、目を反らしているように思えます。自分自身をより良く伸ばすという義務を。
自分と向き合うことを恐れずに、まずは姿見で裸の自分をじっくりと観察するところから始めて頂きたいものです。『好きこそものの上手なれ』とするために・・・。

苦言を呈する。

横浜市青葉区昭和医大近辺では、朝からはち切れそうなレジ袋を幾つも抱えた中高齢者達と、それをアイドリング状態で待つ配偶者とみられる者達の車が溢れ返っていた。
彼等の会話に耳を傾けていると、大量の食品を買いまくっただけに止まらず、富士川以西の親族に、水と米をどれだけ送らせたかの自慢合戦である。
オイルショック世代を中心とした昭和一桁から団塊の世代を年長とする新興住宅地域だけに、災害・相互扶助に関するモラルは極めて低い。平時に、エコ袋だの、アイドリング・ストップだの言っていても、こういう時になると人間の本性が顕れる。バイキングに行けば、食べきれなくても皿にうず高く盛る世代である。
同朋を愛し、少々自分が不自由しても周囲を助けるという気概も無く、我欲のみ強く、また、勤勉でもなく、リーダーシップも事に於いてうろたえない精神力も無く、根拠も無く付和雷同し、小心翼々と己の目先のことのみ考えて右往左往する「自分」というものが無い彼等を、私は同じ日本人として心の底から軽蔑する。

無論、彼等全てがそうではないだろう。
そして、責任の所在をつきとめているような場合でもない。

しかし、これだけは書いておかなければならない。
オイルショックで意味も無く買占めをした者達よ、国益に適うとして自らの私欲を投影して国任せでろくに勉強もせず原子力発電計画に賛同した者達よ、国内最大の航空会社を破綻させ、後始末を後の世代になすりつけて振り向きもしない者達よ、そして一転、原発が事故で危険になると、自らの過去の行動は棚に上げ当事者を責め、震災でライフラインを失い苦しむ同胞を横目に無視して、日々買占めに精を出す者達よ。

せめて、苦しむ同胞の迷惑にならない行動をせよ。君達も大人なのだろう。
検索フォーム
リンク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。